再放送を機に読み解く『ひらやすみ』 “前に進まなくてもいい”という2020年代日本のリアル

『ひらやすみ』にみる2020年代日本のリアル

 真造圭伍が手がけた漫画『ひらやすみ』は、何も起こらない時間を丁寧にすくい取る作品として、静かな支持を集めてきた。2025年はNHK夜ドラ枠で実写ドラマ化。さらに1月1日、2日の深夜には、2夜連続の一挙放送がされている。

 物語は、29歳のフリーター・ヒロト(岡山天音)が、近所に住む老女から譲り受けた平屋で暮らし始めるところから始まる。上京してきたいとこのなつみ(森七菜)、高校からの親友ヒデキ(吉村界人)、不動産会社勤務のよもぎ(吉岡里帆)など、さまざまな人々が彼の元に集まり、時間を共有していく。大きな事件は何も起きないし、劇的な展開もない。描かれるのは、変わらない日常と、変わらない関係性の反復だ。

 この「何も起こらなさ」は、スローライフ的な表象と混同される。だが、『ひらやすみ』が描いているのは、癒やしや理想化された暮らしではない。そもそも日本のドラマにおいて「何も起こらない日常」が肯定的に描かれ始めたのは、2000年代以降のことだった。競争やスピードに疲れた視聴者に向けて、地方移住、古民家、下宿といったモチーフが持ち込まれ、「速さから降りること」がひとつの到達点として提示されてきた。

 その文脈において、アイコン的な存在だったのが小林聡美である。映画『かもめ食堂』やドラマ『すいか』(日本テレビ系)、『パンとスープとネコ日和』(WOWOW)、近年の『団地のふたり』(NHK BS)に至るまで、彼女は一貫して、あくせくしない人生を歩む女性を演じてきた。スローであることは、競争や速さを一度は引き受けた末に辿り着く、ある種の完成形として提示されてきたのだ。

 しかし『ひらやすみ』は、その延長線上にはない。日本社会において、非正規雇用はすでに例外的な働き方ではないからだ。総務省の労働力調査によれば、2024年時点で非正規雇用者は全就業者の36.8%で(※1)、若年層においてもこの傾向は定着している。正規雇用に就き、段階的にキャリアを積み上げ、次のステージへ進むという人生モデルは、もはや多数派の前提ではなくなった。

 こうした状況のなかで生まれているのは、「次の段階へ移行する」という体験そのものが、曖昧になっていく感覚。競争を勝ち抜いたわけでも、意識的に降りたわけでもない。ただ、穏やかな日常が続いていく。いまやそれは個人固有のものではなく、多くの人々に共有された時代感覚になりつつある。

 この感覚は、制作側の意図とも明確に重なっている。脚本を担当した米内山陽子自身、若い頃に阿佐ヶ谷で過ごし、時間と野心はあったけれど、お金も確信もなかったという。そんな時代を振り返って、「なんだ、ちゃんと楽しく生きてたじゃん。居場所があったじゃん。だから今も生きてるじゃん。そんな生きていくことへの肯定に溢れた『ひらやすみ』が、ずっとずっと大好きでした」(※2)とコメント。その実感が、ドラマ版の基調になっている。

 だからこの作品は、登場人物に変化や成長を強く要請しない。問題を解決することも、何かを決断することも、物語の義務にはなっていない。脚本上で重視されたのは、シーンとシーンの間に流れる時間や、生活の反復がもつ手触り。今日と明日が大きく違わなくても、同じ場所で、同じ人と、同じように過ごせている。その事実を、このドラマは優しく肯定してくれる。

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