再放送を機に読み解く『ひらやすみ』 “前に進まなくてもいい”という2020年代日本のリアル

『ひらやすみ』にみる2020年代日本のリアル

 ヒロトという人物は、まさにその前提を引き受けた存在だ。彼はかつて俳優を目指していたが、オーディションや評価にさらされ続ける競争の空気に馴染めず、その世界から距離を取った過去を持つ。現在は阿佐ヶ谷の釣り堀屋でアルバイトをしながら、特別な目標を掲げることもなく日々を過ごしている。

 重要なのは、ヒロトが「夢に敗れた人物」として描かれていない点だ。夢や成功を人生のゴールとして固定し続けること自体が、必ずしも現実的ではない世界に生きている。フリーターであることも、特に改善すべき状態として処理されていない。釣り堀屋での仕事は、次の段階へ進むための準備期間ではなく、いまを成立させるための生活そのものとして描かれている。

 この感覚を、ドラマは過剰に説明しない。その代わりに配置されているのが、小林聡美のナレーションだ。彼女は登場人物として若者たちの前に立たず、助言も正解も提示しない。ただ時間の流れを静かに見守る。「若者だからこそ許されるこのグダグダ感。そしてそれが妙に眩しく愛おしいのでした。」(※3)という彼女の言葉は、本作の視線をよく表している。

 その姿勢は、舞台となる阿佐ヶ谷の平屋という空間とも呼応している。上へ伸びることも、下へ潜ることもない、水平な構造。誰かが先に進む必要も、誰かが追いつく必要もない。平屋は、複数の人生が同じ高さで並ぶための場所として機能している。

 小林聡美の声もまた、その平屋と同じ位置にある。上から導く声ではなく、横に並び、時間を共有する声として。これはスローライフを「教える」語りではなく、選択を急がない時間を肯定する語りなのだ。

 問題がすぐに解決されなくても、決断が先送りにされても、生活は続いていく。『ひらやすみ』が示しているのは、その当たり前でありながら、これまで十分に物語化されてこなかった感触だ。かつてスローライフの「完成形」を体現してきた小林聡美が、いまは若者たちの未決定な時間を、ただ静かに包み込む声に回っている。その配置そのものが、『ひらやすみ』が2000年代の延長ではなく、2020年代の感覚から生まれたドラマであることを、穏やかに、しかし確かに示している。

参照
※1. https://www.stat.go.jp/data/roudou/sokuhou/nen/ft/pdf/youyaku.pdf
※2. https://www.nhk.jp/g/ts/KZ5YJ87J38/blog/bl/py3OQGMGay/bp/peZowmpA3V/
※3. https://www.nhk.jp/g/ts/KZ5YJ87J38/blog/bl/py3OQGMGay/bp/py0b6D2mMV/

■放送情報
夜ドラ『ひらやすみ』一挙再放送
NHK総合にて放送
第1夜:1月1日(木・祝)23:25~26:27(第1回~第12回)
第2夜:1月2日(金)24:10~26:11(第13回~第20回)
※NHK ONE(新NHKプラス)で同時・見逃し配信予定、1月2日(金)26:11〜全話配信予定
出演:岡山天音、森七菜、吉村界人、光嶌なづな、蓮佛美沙子、駿河太郎、吉岡里帆、根岸季衣 ほか
ナレーション:小林聡美
原作:真造圭伍
脚本:米内山陽子
音楽:富貴晴美
音楽プロデューサー:福島節
演出:松本佳奈、川和田恵真、高土浩二
制作統括:坂部康二、熊野律時
プロデューサー:大塚安希
写真提供=NHK

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