『ジェイ・ケリー』は『8 1/2』のような作品に ノア・バームバック自身の境遇と繋げて考察

『ジェイ・ケリー』は『8 1/2』のような作品

 ノア・バームバックはもともと、小市民的で個人的な体験や心情を、作中の登場人物に投影するスタイルをとることが多い。音楽で言えば、身近な実感を歌にするシンガーソングライターといったところだろう。彼は本作において、得意な自己言及のスタイルに回帰しているが、それをジョージ・クルーニー演じる、ハリウッドの引退間際のアクション俳優で、舞台をホームグラウンドのニューヨークでなくイタリアなどのヨーロッパだという点で、また別のタイプに見えるようなクッションを挟んでいるところが特徴的だといえる。

 しかし、そこで監督本人が語るように、本作を「自分の仕事に再び恋をし、自分自身を再び愛するようになるというストーリー」だと位置付けるのならば、ここでのハリウッド俳優の精神の旅が、バームバックの内的な立ち直りや立ち位置の確認を企図していることは明らかだ。その意味では、イタリアの大巨匠フェデリコ・フェリーニが、自己の精神性や作家性を主演のマルチェロ・マストロヤンニに託した『8 1/2』(1963年)に近い作品だといえよう。

 バームバックと同じブルックリン生まれでニューヨーク派の映画作家としての先輩であるウディ・アレン監督が、敬愛するフェリーニ監督の『8 1/2』を全体的にオマージュしたといえる、やはり自己言及的な映画『スターダスト・メモリー』(1980年)という作品もある。ここでの、映画のイベントにおいてちやほやされつつも孤独感を深めていくクリエイターの精神をめぐっていく展開は、ほぼそのまま本作に踏襲されていて、孫引きといえる箇所だろう。そもそもがパロディのような作品を、さらにリレーするようにバームバックが繋いでみせているのだ。

 ここで生じるのが、では本当に、このトスカーナでのスロートリップが、バームバックのキャリアや精神を救うものだったのかどうかということだ。「自分の仕事に再び恋をし、自分自身を再び愛するようになる」ことがしたいのであれば、実際にそのような旅行をして立ち直ればいいわけで、それを“映画制作”のかたちにすることは適当だったのか。そして立ち直りが前提にあるのであれば、“出来レース”になってしまわないかという疑念も湧いてくる。おそらく、その不自然さにはバームバック自身も気づいていて、だからこそジェイ・ケリーを、わざわざ複数の取り巻きと一緒に行動するような人物に描き、娘役にそれを批判させているのだろう。

 そこで興味深いのは、あくまで本作のストーリーが、イタリアの古い歴史や、異文化との出会いというものを、自分の精神の救いに直接繋ごうとしているわけではないという点だ。考えてみれば、それは当たり前だ。ニューヨーク派のバームバックが、ヨーロッパの歴史に抱かれて復活・再生するなどといった物語は、あまりに美し過ぎて、嘘っぽい。だから実際のところ、本作はトスカーナを後景、舞台としてしか扱っていないのだ。

 ではバームバックは、いったい何を立ち直りの突破口としていたのだろうか。それは、サンドラーやダーンという俳優に集約される仕事仲間の存在、ライリー・キーオやグレース・エドワーズという俳優に代表される家族への、“圧倒的感謝”に他ならない。それだけでなく、バームバックが師と仰ぐ映画監督・評論家で、2022年に亡くなったピーター・ボグダノヴィッチを思わせる登場人物の存在も示唆される。現在と過去、バームバックをかたちづくる人々が、彼の精神的なよりどころとなるということだ。

 とくにサンドラー演じるマネージャーの描き方が重要だ。ストーリーを注意深く見ていれば、じつは彼の方が主人公のジェイ・ケリーよりも、さらに立場的に追いつめられていることが分かる。たしかに、バームバックは一人の人間として、悩むものや、辛いことがあるだろう。それならば、周囲の人間もまた何かに悩んで、道に迷っているのかもしれない。そこに気づくことが、バームバックが“自己言及の森”から抜け出す一歩だったのではないか。

 果たしてノア・バームバックは、そういった精神的成長や周囲への理解という姿勢を通すことで、新たに生まれ直すことができたのだろうか。その答えは、彼の今後の動きによって、現実のトピック、もしくは次回作のなかで可視化されることになるのだろう。

参考
※ https://www.indiewire.com/news/general-news/noah-baumbach-crisis-after-white-noise-1235142751/

■配信情報
Netflix映画『ジェイ・ケリー』
Netflixにて独占配信中
出演:ジョージ・クルーニー、アダム・サンドラー、ローラ・ダーン、ビリー・クラダップ、ライリー・キーオ、グレイス・エドワーズ、ステイシー・キーチ、ジム・ブロードベント、パトリック・ウィルソン、グレタ・ガーウィグ
監督:ノア・バームバック
脚本:ノア・バームバック、エミリー・モーティマー

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