『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』はなぜ“父性”という神話の崩壊を描いたのか?

この父性というテーマは、敵役マイルズ・クオリッチの描写によって、いっそう明確になる。
クオリッチは、前作『アバター』において、地球人側の軍事的象徴として配置されたキャラクターだった。交渉や共存といった選択肢を最初から持たず、力による制圧のみを是とする侵略者。ジェイク・サリーの覚醒と勝利を際立たせるための、きわめて明確な敵として存在していた。

その彼が、今回まったく異なるかたちで再登場する。ネイティリの矢に倒れ、死亡したはずのクオリッチは、ナヴィの肉体を持つリコンビナントとして復活。かつて自分が破壊しようとした世界の内側へと入り込んでしまう。だが、その内面に変化はない。彼は依然としてマッチョな軍人であり、命令と支配の論理だけで世界を把握しようとする存在だ。
そこに現れるのが、ジェイクとネイティリの養子として育てられた地球人の少年・スパイダー。彼の実の父親はクオリッチだが、両者のあいだに親密な関係は築かれていない。スパイダーはすでにナヴィ側に居場所を見出しているし、クオリッチもまた、父であることを引き受けようとはしない。

クオリッチにとって父性は、弱さであり、戦闘におけるノイズでしかない。父であることを否定することで、彼は軍人としての自己像を保とうとする。しかし物語終盤、スパイダーが人質にされた場面で、クオリッチはためらいを見せる。父であることを拒否し続けてきた男が、初めて「息子を失うかもしれない」という感覚に触れる瞬間。分かりやすい悪役だったはずのキャラクターは、ここにきて揺れる父親像へと変質する。
ジェイクが「守ろうとして歪ませてしまう父」だとすれば、クオリッチは「拒否し続けた結果、何も築けなかった父」だ。両者はもはや、善悪の対立軸として存在していない。強さを善とするマチズモ的価値体系が、異なる方向から破綻していく姿として並置されている。

思えば、『エイリアン2』で描かれたのは、リプリーとクイーン・エイリアンによる母性の対決だった。そこでは、守るために行使される暴力は正当化され、物語的成功へと回収されていた。父性が欠落した世界において、母性は神話として機能していたのだ。だが『ウェイ・オブ・ウォーター』では、その論理はもはや通用しない。守るために戦っても、守るために拒絶しても、父性は物語を救わない。ジェイクもクオリッチも、父であることから逃れられないまま、その役割に失敗していく。
キャメロンが描いているのは、父性がうまく機能しないこと、修復されないこと、その不完全さを抱えたまま生き続けるしかない現実だ。キャメロンはインタビューで、「正直に言って、ダメな父親がどういうものかよく知っている」(※3)と語っている。自身もまた最低な父親だったという自己認識は、この映画における父親像と強く響き合っているはず。
『ウェイ・オブ・ウォーター』は、父性という神話が、善意によっても、暴力によっても支えきれなくなった時代を映し出す寓話なのである。
参照
※1. https://www.audacy.com/national/music/james-cameron-on-bringing-family-realities-dysfunction-into-avatar
※2. https://screenrant.com/avatar-the-way-of-water-james-cameron-interview/
※3. https://www.cbr.com/james-cameron-avatar-2-dad-experience/
■放送情報
『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』
フジテレビ系にて、12月29日(月)19:00~22:52放送
出演:サム・ワーシントン(東地宏樹)、ゾーイ・サルダナ(小松由佳)、シガニー・ウィーバー(早見沙織)、スティーヴン・ラング(菅生隆之)、ケイト・ウィンスレット(清水はる香)、クリフ・カーティス(楠大典)、ジョエル・デヴィッド・ムーア(清水明彦)
監督:ジェームズ・キャメロン
製作:ジェームズ・キャメロン、ジョン・ランドー
製作総指揮:デヴィッド・ヴァルデス、リチャード・ベイナム
原案:ジェームズ・キャメロン、リック・ジャッファ、アマンダ・シルヴァー、ジョシュ・フリードマン、シェーン・サラーノ
脚本:ジェームズ・キャメロン、リック・ジャッファ、アマンダ・シルヴァー
撮影:ラッセル・カーペンター
プロダクション・デザイナー:ディラン・コール、ベン・プロクター
衣装デザイナー:デボラ・L・スコット
編集:スティーヴン・リフキン、デヴィッド・ブレナー、ジョン・ルフーア、ジェームズ・キャメロン
音楽:サイモン・フラングレン
©2022 20th Century Studios. All rights reserved.























