『ばけばけ』は異例の“説明がない”朝ドラ 髙石あかり筆頭に表情だけで物語る演技巧者たち

『ばけばけ』は異例の“説明がない”朝ドラ

 緊張の面持ちでヘブン(トミー・バストウ)宅ではじめての夜を過ごしたトキ(髙石あかり)。「夜中です。行きましょう」という声に導かれて、トキは意を決して敷居を跨ぐが、その後にヘブンから出た言葉は「ごくろうさま」だった。夜中だから、今日はもう帰っていい。それがヘブンの真意だったようだ。第32話から連なるように、NHK連続テレビ小説『ばけばけ』(NHK総合)第33話冒頭では、トキの中にある床の相手を求められることへの不安が繊細に描かれていた。

 身体を求められるのではないかという恐怖でいっぱいだった女中としてのはじめての1日。そんなトキが歩く自宅への帰り道には、天国遊郭がある。初日は何事もなかったものの、いつ金と引き換えに尊厳を売り渡さなければならないのか。初日が大丈夫だからといって、これからも大丈夫というわけではない。呆然と天国遊郭を眺めたあと堰を切ったように走り出し、「生きちょる……」と噛み締めるトキの姿から、彼女が小さな背中に背負う金を稼がなければならない責任と女中としての不安の大きさを感じざるを得ない。

 生きた心地がせず、食事も満足に摂れなかったであろうトキが、家族の安心感に包まれながらしじみ汁をすすっていると、借金取り・森山銭太郎(前原瑞樹)が訪れる。トキは20円の給金から一部を抜き取って銭太郎に渡したあと、家族に金を見られないように銭太郎を追いかけ、さらにお札を渡す。

 銭太郎も司之介(岡部たかし)、フミ(池脇千鶴)も、トキの金回りの良さを不審に思っている様子。司之介はトキを尾行するも、花田旅館の平太(生瀬勝久)とツル(池谷のぶえ)の機転と、司之介のへっぽこぶりによってことなきを得る。トキからしたら決してバレてはならないミッションの遂行だが、ツルの再放送のようなごまかしに、尾行を撒かれてしまう司之介、物陰に隠れながらちょこちょこと歩き、手荷物で顔を隠すトキの間の取り方といい、コメディなシーンになっていた。あらためて、『ばけばけ』が持つシリアスとコメディの緩急に感嘆してしまう。

 最後には再びシリアスなシーンが。大金を渡したことでタエ(北川景子)と三之丞(板垣李光人)を救えたと安堵していたトキは、タエが物乞いをしている姿を目撃してしまう。トキは、雨清水家を救いたいという意思があったからこそ、ヘブンの女中になった。自分の尊厳を後回しにしてでも、タエの尊厳を守りたかったのだ。それなのになぜ。トキが、タエの姿に混乱しているのと同じ頃、フミは新聞でヘブンが転居し、すでに花田旅館にいないことを知る。トキが家族のために抱える秘密は、バレてしまうのだろうか。

 第33話で、第7週はとくに俳優の繊細な表情を切り取る演出が多いことを、あらためて痛感させられた。トキが女中として1日中抱え続けた不安、大金を押し付けるトキを少し心配そうに見つめる銭太郎の表情、タエにトキから金をもらったことを言い出せない三之丞の葛藤、タエの現状を受け止めた諦観。それぞれの表現からは、誰もが変化の大きい明治の世を生き抜こうとしながら、家族や相手を思いやる優しさが感じられる。

 そして、その物語の中心にいる髙石の芝居が、セリフで説明しすぎなくても感情が伝わってくる物語の強度を誰よりも支えている。すでに『ばけばけ』以降の髙石の飛躍が楽しみになってしまうほどだ。

■放送情報
2025年度後期 NHK連続テレビ小説『ばけばけ』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:髙石あかり、トミー・バストウ、吉沢亮、岡部たかし、池脇千鶴、小日向文世、寛一郎、円井わん、さとうほなみ、佐野史郎、北川景子、シャーロット・ケイト・フォックス
作:ふじきみつ彦
音楽:牛尾憲輔
主題歌:ハンバート ハンバート「笑ったり転んだり」
制作統括:橋爪國臣
プロデューサー:田島彰洋、鈴木航、田中陽児、川野秀昭
演出:村橋直樹、泉並敬眞、松岡一史
写真提供=NHK

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