『ひゃくえむ。』と『チ。』は“たった一文字”でつながる 追求する者たちの孤独とカタルシス

 この“走ること”についてもう少し細かく見ていきたい。先日まで行われていた「世界陸上」などでも分かる通り、概ね陸上のトラック競技の場合、鑑賞者は外側からそれを見ることになるため、反時計回りに進んでいく走者は左から右へと動いていく。ところがこの映画の競走シーンのほとんどは、正面や背後からのショットも含まれるが、右から左へと――すなわちトラックの内側から描かれている。まさしくそれは、“走ること”の意味を模索する走者たちの葛藤のあらわれなのだろう。

 小学生パートの運動会のシーンで小宮が走り始める瞬間は左→右の向きで映される。しかし転倒し、トガシからかけられる激励の言葉を受けて再び立ち上がると、右→左へ変化する。なんのために走るのか、速く走ればどうなるのか。答えのない答えを求めつづける内側から外側への心の動きが、登場人物たちの足の回転を速くさせるのである。その貪欲なまでの自問自答もまた、『チ。』の登場人物たちと似ている。かたや “地”の真理について“知”をもって向き合う者たちと、もう一方は“血”と肉をもって“地”を蹴り上げて自らの“稚”や“恥”を捨て去ろうとする者たち。彼らはたった一文字でつながるのだ。

 100m走という距離も絶妙である。陸上競技で最も短く、純粋に速さだけが求められる実直さ。また、短距離走において走者は決められたレーンを走りつづけなければならない。それぞれの道をそれぞれの速度で進むたった10秒でも、孤独というものに真剣に向き合わねばならない。ただ一方で、劇中では2度だけ決められたレーンの上ではない競走が描かれる。小学生のトガシと小宮の河川敷での勝負と、高校時代のトガシと仁神の勝負である。ここでの彼らは、通じあうために走っている。距離も正しく100mか判然としないこの2走にこそ、“走ること”の幸福が存在しているのだ。

■公開情報
『ひゃくえむ。』
全国公開中
キャスト:松坂桃李、染谷将太、内山昂輝、津田健次郎
原作:魚豊『ひゃくえむ。』(講談社『マガジンポケット』所載)
監督:岩井澤健治
脚本:むとうやすゆき
キャラクターデザイン・総作画監督:小嶋慶祐
美術監督:山口渓観薫
音楽:堤博明
プロデューサー:寺田悠輔、片山悠樹、武次茜
アニメーション制作:ロックンロール・マウンテン
製作:『ひゃくえむ。』製作委員会
配給:ポニーキャニオン/アスミック・エース
©魚豊・講談社/『ひゃくえむ。』製作委員会
公式サイト:https://hyakuemu-anime.com
公式X(旧Twitter):https://x.com/hyakuemu_anime

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