『あんぱん』肺腑をえぐる妻夫木聡の慟哭 ばいきんまんを“ただの悪役”にしなかった理由

『あんぱん』肺腑をえぐる妻夫木聡の慟哭

 『あんぱん』(NHK総合)第127話では、現実とフィクションが融合した。

 ミュージカル『怪傑アンパンマン』を終えた嵩(北村匠海)は、『アンパンマン』に足りないものがあることに気づいた。それは悪役の存在だった。「もっとチャーミングで愛すべき悪役キャラクター」。こうして、ばいきんまんが誕生する。

 登場するとすぐ人気者になったばいきんまん。アンパンマンに「覚悟しろ。最後だ」とかかってくるばいきんまんのキャラクターについて、嵩は「わざと外してる」と解説する。映画批評家でもある蘭子(河合優実)が「ほかのヒーローものとは違う」と評するその狙いを、嵩は「それが健康な社会だと思うから」と答えた。

 嵩が考える健康は健全とも言い換えられる。人体には良い細菌とバイ菌のどちらもあって、バランスが取れており、バイ菌がなくなると人間も生きていけない。「きっ抗して戦っているのが健康な世の中だと思うんだ」と嵩は話した。バイ菌にも役割があって、意味があるから存在している、ということだ。

 悪役のばいきんまんは、物語のセオリーにのっとっているが、作者の洞察がルーツにある。それは実体験に基づいていた。嵩の言葉を聞いたのぶ(今田美桜)は「みんなが同じものを見ておんなじような発想をする世の中は危険や」と続ける。のぶの心には戦時中の記憶が去来していて、「私は周りに流されてその色に染まってしまったことがある」とふり返った。

 正しいとされるものを盲信することのあやうさは、今作で一貫して描かれてきた。『アンパンマン』にたとえるなら、ばいきんまんを一方的に悪と決めつけ、とどめを刺すことと言える。しかし、アンパンマンはそれをしない。決定的な一撃は与えないのだ。そこには、考え方の違いや自分と異なる正義を許容する、作者の思想が根底にあった。

 嵩とのぶの会話を聞いた八木(妻夫木聡)は、自分は卑怯者だろうかと自問自答する。八木の抱える屈託は戦争体験に根っこがあり、悪に対する考察が、心の奥に押し込めた負の遺産と向き合う機会となった。金鵄勲章を受けている八木は、初めての出兵で敵兵に包囲された。機関銃掃射、自らの手で殺めた敵兵の感触……。

 殺した相手には家族がいて、それを知った八木は衝撃を受ける。正義の名の下に人間を殺人者にする戦争は、生き残った者にも深い傷を残す。決定的な一撃を与えてしまうと、人はどうなるのか。八木は、自らが犯した罪の大きさに耐えられなかった。妻夫木聡の慟哭は、今作で作り上げた八木というキャラクターの総決算といえる名演だった。

 『アンパンマン』キャラクターの由来が明かされる第127話では、ばいきんまん以外に、カレーパンマン、しょくばんまん、おむすびまんも誕生した。時は移り、1985年(昭和60年)8月、登美子(松嶋菜々子)、羽多子(江口のりこ)、千代子(戸田菜穂)は、すでにこの世になく、天国へ旅立っていた。登場したばかりのドキンちゃんのモデルはのぶで、登美子の性格も加味されていたことが明かされる。

 残すところ3回。柳井家を訪れたスーツの男(前原滉)は何をもたらすのか。アンパンマンに託した物語のゆくえを見届けたい。

■放送情報
2025年度前期 NHK連続テレビ小説『あんぱん』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:今田美桜、北村匠海、江口のりこ、河合優実、原菜乃華、高橋文哉、眞栄田郷敦、大森元貴、戸田菜穂、戸田恵子、浅田美代子、吉田鋼太郎、妻夫木聡、阿部サダヲ、松嶋菜々子ほか
音楽:井筒昭雄
主題歌:RADWIMPS「賜物」
語り:林田理沙アナウンサー
制作統括:倉崎憲
プロデューサー:中村周祐、舩田遼介、川口俊介
演出:柳川強、橋爪紳一朗、野口雄大、佐原裕貴、尾崎達哉
写真提供=NHK

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