『あんぱん』に登場『詩とメルヘン』とは? やなせたかし&サンリオの精神示す名雑誌

『アンパンマン』の生みの親で漫画家・絵本作家のやなせたかしが、人生の支柱と自認しているものが4つある。『アンパンマン』シリーズ、『手のひらを太陽に』『やさしいライオン』とそしてもうひとつ、長く編集長を務めた『詩とメルヘン』という文芸雑誌だ。ほかの3本は絵本やアニーション、楽曲といった作品として今も残ってやなせの創作者としての才能を感じさせてくれるが、『詩とメルヘン』でやなせはいったい何をしたのか。今に何を残したのか。
NHK連続テレビ小説『あんぱん』で、やなせたかしをモデルにした柳井嵩がキューリオから創刊し、編集長として采配を振るうようになる雑誌が『詩とメルヘン』だ。実際はやなせが最初の詩集『愛する歌』を刊行したサンリオで1973年に創刊したもので、2003年に休刊するまで、やなせが編集長を務めて刊行され続けた。

サンリオといえば、「ハローキティ」や「マイメロディ」といったキャラクターで世界中に知られる会社だが、1966年にやなせの詩集を出したことをきっかけに出版事業に取り組み始めた。『詩とメルヘン』の創刊はその延長線上にあるものだが、単なる一事業という枠組みを超えて、サンリオがキャラクターを生み出すだけでなく、それらを楽しむ文化そのものを育んでいることを体言する役割も果たした。
やなせの自伝『アンパンマンの遺書』(岩波現代文庫)で、やなせは「サンリオ社はそのうちに巨大な会社になったから、『詩とメルヘン』は眼に見えないほどの小さな存在にしか過ぎなくなった」が、「しかし、ぼくは思う。数字じゃない、スピリットなんだ」と訴えている。「サンリオ社はこの時、精神の部分にひとつの核ができた。それは幸いにして、詩や童話の好きな辻信太郎社長の気質にぴったりと適合したのだ。だから、それが後のキティの大ヒットにつながっていったと、ぼくは思っている」。
それだけのことを成し遂げた『詩とメルヘン』を、やなせが『アンパンマンシリーズ』『やさしいライオン』『手のひらを太陽に』と並ぶ支柱とまで言う(『ボクと、正義と、アンパンマン なんのために生まれて、なにをして生きるのか』PHP出版)理由も分かるだろう。

それでは、『詩とメルヘン』はどのようなスピリッツを残したのか。想像するなら、やなせが好んで作り出そうとした叙情的な詩と絵の世界を、世の中に広め定着させることに貢献したことがありそうだ。2024年に刊行された論文集『サンリオ出版大全 教養・メルヘン・SF文庫』(小平麻衣子・井原あや・尾崎名津子・徳永夏子編、慶應義塾大学出版)の中で、サンリオが残してきた数々の出版物、例えばサンリオSF文庫であり漫画雑誌『リリカ』であり『いちご新聞』といったものとともに、『詩とメルヘン』が幾人もの研究者によって取り上げられている。
その中の大島丈志(文教大学教育学部教授)による論文「詩はだれのものか?『詩とメルヘン』におけるやなせたかしの叙情と編集方針」というには、やなせが『愛する歌』の刊行時に、「詩に定型があるはずはなく、難解な詩が高級であるとは限らず、いずれにしても心にふれるかふれないかということが重要」と書いていたことが紹介されている。




















