『あんぱん』が産んだ名言集 「逆転しない正義」「たっすいがー」など物語を支えた言葉たち

『あんぱん』の物語を支えた名言集

結太郎(加瀬亮)「女子も大志を抱け」

 物語を方向づけたフレーズといえば、のぶの父・結太郎(加瀬亮)が娘たちにかけた「女子も大志を抱け」だろう。「女子も大志を抱け。好きなことをやりなさい」と語る結太郎の姿は、当時の視聴者に強い印象を残したに違いない。女性が自由に夢を語ることすら難しかった時代に、この言葉は三姉妹の未来を大きく切り拓いた。のぶは教師を目指して上京し、蘭子(河合優実)はライターとして独立し、メイコ(原菜乃華)は母として家庭を守る。三人三様の「大志」が描かれることで、“こうでなければならない”という固定観念を打ち破るメッセージとなった。彼女たちの姿を通して、視聴者もまた「自分の大志は何か」を問い直すことになる。

嵩(北村匠海)「逆転しない正義」

 そして『あんぱん』全体を貫いた核心が「逆転しない正義」である。戦地から戻り、生きる意味を見失った嵩は、のぶにこう語る。「もし逆転しない正義があるとしたら……全ての人を喜ばせる正義」。戦時中には「国のため」とされた行為が、敗戦後には「罪」とされる。正義と悪が時代の都合で容易に反転してしまう現実を前に、嵩が見いだしたのは立場や時代に左右されない普遍的な正義だった。その思想がやがて『アンパンマン』に結実する。ヒーロー誕生の裏側に、戦争体験と哲学的葛藤があったことを示す場面だ。

千尋(中沢元紀)「お国のために死ぬより、わしは愛する人のために生きたい」

 その源にあるのは、弟・千尋(中沢元紀)の最期の言葉だ。「お国のために死ぬより、わしは愛する人のために生きたい」。出征前夜に兄に託された願いは、嵩の心に深く刻まれた。戦争が個人の幸福を奪い去る不条理を突きつけるこの言葉が、嵩を「逆転しない正義」へと駆り立てた。哲学的な問いであると同時に、弟の死を無駄にしないための贖罪と愛の継承でもあったのだろう。千尋の言葉が響き続けたからこそ、嵩は新しい人生に踏み出す力を得られたのだ。

 これらの台詞は登場人物の背中を押し、ときに支え合うための拠り所だった。のぶや嵩がその言葉に導かれて進んできた姿は、観ている私たちの心にも静かに重なってきた。最終回を前に改めて思うのは、『あんぱん』がずっと“言葉の力”で物語を紡いできたということだ。土佐弁の温もり、戦争を経て生まれた深い問いかけ、そして親から子へ受け継がれていく願い。それらの言葉がつないできたのは、人が生きるために頼りにする小さな希望だった。時代が移り変わっても、人を励まし続ける言葉が確かに存在する。その延長線上に『アンパンマン』が生まれ、今も多くの人の心を支えている。『あんぱん』は、その原点を優しく思い出させてくれる物語だった。

■放送情報
2025年度前期 NHK連続テレビ小説『あんぱん』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:今田美桜、北村匠海、江口のりこ、河合優実、原菜乃華、高橋文哉、眞栄田郷敦、大森元貴、戸田菜穂、戸田恵子、浅田美代子、吉田鋼太郎、妻夫木聡、阿部サダヲ、松嶋菜々子ほか
音楽:井筒昭雄
主題歌:RADWIMPS「賜物」
語り:林田理沙アナウンサー
制作統括:倉崎憲
プロデューサー:中村周祐、舩田遼介、川口俊介
演出:柳川強、橋爪紳一朗、野口雄大、佐原裕貴、尾崎達哉
写真提供=NHK

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