タイパ重視はもったいない? 『ぼくほし』が『銀河鉄道の夜』のイメージに込めたもの

『僕達はまだその星の校則を知らない』(カンテレ・フジテレビ系)第8話は、子どもが親の手を離れて歩き出す瞬間をとらえた。
間近に控えた文化祭の準備で、濱ソラリス高校は活気づいていた。そんな中、3年葵組の北原かえで(中野有紗)の父・亘平(神尾佑)が、娘に会わせろと電話してくる。北原は、母や妹とともに自宅を離れて、亘平と別居していた。ある日、亘平が弁護士を連れて学校に乗り込んでくる。応対した健治(磯村勇斗)は、亘平の剣幕に押され、突き飛ばされてしまう。文化祭に来ると言い捨てて、去った亘平だったが……。
第8話で問題になったのは親権をめぐる問題だ。正確に言うと、夫の家庭内暴力が原因で別居中の妻と子に対して、夫が子を連れ戻そうとするシチュエーションが描かれた。北原は、父に会いたがらなかった。身体的な暴力と母に対する心ない言葉を目にして、北原自ら母親に出ていくことを提案した経緯があった。
力づくで娘を取り戻そうとする父親に対して、学校側が採ることのできる手段は限られている。健治も「学校は生徒が安心・安全に過ごすための場所」で「子どもの福祉のため生徒の状況を尊重する」立場と言って、引き取ってもらうのが精いっぱいだ。在学契約は親と交わされる場合が多く、義務を負う学校は要求を拒みづらい。
最終的に母親へのDVが認められ、接近禁止の仮処分命令が裁判所から出されて、離婚へ向けたステップに踏み出す。その際に、壁として立ちはだかるのが経済的自立で、父の亘平が離婚すべきでない、また娘たちは自分と暮らすべきだと主張する根拠になっていた。
その上で、北原が父と決別するには、精神的な支配を脱する必要があった。覚えているだろうか。第1話で、議長団で校則の改正に取り組んだ北原は、現状維持の結果に「何も解決していない」と不満をあらわにした。第6話で教育虐待を受けていた有島(栄莉弥)に、北原は同情を寄せた。他と違うとがった部分を感じたが、そこには理由があった。
ことの発端は進学先をめぐる意見の不一致で、国内の大学を志望する北原に対して、父親は海外で投資を学べという。ここの議論は興味深くて、終身雇用や年功序列が立ち行かなくなった現在、国内の大学に行っても役に立たない、という意見は、投資で一財を築いた人なら言いそうなことである。経済力がなければ、今の社会で転落してしまうというのも、たしかにその通りである。
けれども、北原はその考えに違和感を抱いていた。「何かが間違っているのに、そのまま運ばれて行っている」ような感覚は、第8話で、健治の脳内に映された鉄道のビジョンとして具現化する。「もったいない」、すなわちタイパやコスパを重視する志向は、より良い人生を追求すると言えば聞こえはいいが、本当にそれは正しいのか。単に欲求を満たしているだけで、他のものをなおざりにしているのではないか。
そうやって正しさと効率を追い求めてきた社会が行き詰まっている現実。けれども、そこから降りることはできない。同じ列車に乗り合わせたことは、北原の場合、父の姿を通して、あらかじめ決められた軌道、自らの意思で脱することができない鎖になっていたと思われる。「何にもなれない」と氷河期世代の母親を侮辱する亘平に北原が反発したのは、欲望を充足しながら、実態は「何のため」という目的や人間らしさを見失った社会への違和感が顕在化したからではないか。
宮沢賢治『銀河鉄道の夜』のイメージは、同作が背負う“死”のメタファーと重なって、避けがたい破局を予感させる点で秀逸な引用だった。北原が父から自立するときに決め手になったのが、高校3年で18歳になり、在学契約を自らの名前で学校と締結できるという事実だったことは、リーガルドラマでもある本作の落としどころとして、これ以上ない結末といえる。
何事にも臆病で不器用な主人公が、共学化で揺れる私立高校にスクールロイヤー(学校弁護士)として派遣されることになり、法律や校則では簡単に解決できない若者たちの青春に、必死に向き合っていく学園ヒューマンドラマ。
■放送情報
『僕達はまだその星の校則を知らない』
カンテレ・フジテレビ系にて、毎週月曜22:00~放送
出演:磯村勇斗、堀田真由、平岩紙、市川実和子、日高由起刀、南琴奈、日向亘、中野有紗、月島琉衣、近藤華、越山敬達、菊地姫奈、のせりん、北里琉、栄莉弥、淵上泰史、許豊凡(INI)、坂井真紀、尾美としのり、木野花、光石研、稲垣吾郎
脚本:大森美香
音楽:Benjamin Bedoussac
主題歌:ヨルシカ「修羅」(Polydor Records)
監督:山口健人、高橋名月、稲留武
プロデューサー:岡光寛子(カンテレ)、白石裕菜(ホリプロ)
制作協力:ホリプロ
制作著作:カンテレ
©︎カンテレ
公式サイト:https://www.ktv.jp/bokuhoshi/
公式X(旧Twitter):https://x.com/bokuhoshi_ktv_
公式Instagram:https://www.instagram.com/bokuhoshi_ktv_/
公式TikTok:https://www.tiktok.com/@bokuhoshi_ktv_


























