『あんぱん』視聴者も必見 やなせたかしの人生に影響を与えた『千夜一夜物語』とは?

アニメ『千夜一夜物語』を解説

 NHK連続テレビ小説『あんぱん』に柳井嵩(北村匠海)が手がけたラジオドラマ『やさしいライオン』が登場した。嵩のモデルとなったやなせたかしは、後に同名の短編アニメーション『やさしいライオン』(1970年)を監督することになるが、そのきっかけとなったのが、手塚治虫から頼まれ引き受けた長編アニメーション『千夜一夜物語』(1969年)でのキャラクター・デザインなどの仕事だった。やなせの人生に『千夜一夜物語』はどのような影響を与えているのか?

 「或る日、電話が鳴った『もしもし、やなせさん、手塚治虫です』『あ、どうも』『実はね、今度虫プロで長篇アニメをつくることになったんです』『はあ、大変ですね』『それで、やなせさんにキャラクター・デザインをお願いしたいんです。ひきうけていただけますか』『いいですよ』『それじゃね』」

 やなせたかしの自伝『アンパンマンの遺書』(岩波現代文庫)の一節だ。ドラマ『あんぱん』で、北村匠海が演じる柳井嵩が憧れて仰ぎ見ていた眞栄田郷敦演じる手嶌治虫のモデルがこの手塚治虫。もっとも、やなせが手塚から電話をもらって小躍りしたということはなさそうで、どうして自分なのかと思ったらしい。

 自伝によれば、手塚とは「ぼくの所属している漫画集団に入団していたので、総会とか忘年会では顔をあわせていたし、いっしょに旅行することもあった」が、大人向けの漫画を描いていた自分の画風が、子供向け漫画が中心の手塚の仕事で求められるとは考えていなかった様子。「それななのに何故ぼくに電話をしてきたのか。わけが解らない」。

 そうしたやなせの疑問にも、手塚がキャラクター・デザインを依頼した長編アニメーション『千夜一夜物語』を見れば、納得のいく答えが浮かぶ。『鉄腕アトム』や『ジャングル大帝』『リボンの騎士』といった漫画を描き、アニメ化もしてきた手塚のセンスとはまるで違った雰囲気を持った作品だったからだ。

 『千夜一夜物語』を監督した山本暎一による『虫プロ興亡記 安仁明太の青春』(新潮社)という本がある。山本をモデルにした明太を主人公にした小説という体裁を取っているが、実際は山本が手塚の作った虫プロで経験した出来事が綴られている。それによると、ある日明太こと山本監督が後に『銀河鉄道の夜』(1985年)を監督することになる杉井ギサブローと共に手塚に呼ばれ、日本ヘラルド映画から大人向けの長編アニメーションを作らないかと持ちかけられていることを聞かされたという。

 ここから決定までに幾つも山があったが、結果的に『千夜一夜物語』という長編アニメーションの企画となり、大人向けというコンセプトに沿ったキャラクター・デザインが求められることになった。そこで選ばれたのが、大人向け漫画の世界で活動していたやなせだった。

 『アンパンマンの遺書』によれば、プロデューサーから「虫プロは鉄腕アトムのイメージが強く、スタッフも子供のキャラクターに馴れているので、キャラクターは大人漫画の人に依頼しようというので、いろいろ人選した結果やなせさんに決定したんです」と聞かされたという。WEBアニメスタイルでの杉井へのインタビュー(※)では、杉井がやなせを推薦した可能性を聞かれて、いろいろ名前が挙がった中でやなせが良いと言ったかもしれないと答えている。

 『アンパンマン』が出るまで、何者にもなれない自分を卑下していたようなところがやなせにはある。『あんぱん』の柳井も同じように迷い続けているが、手塚からの声がけは、『千夜一夜物語』に相応しいキャラクターを描ける才能として、手塚や杉井や周辺のクリエイターたちが思い浮かべるほどの活躍を、この頃のやなせが見せていた証と言える。

 そんな『千夜一夜物語』の制作現場にやって来たやなせから、明太こと山本監督はこう尋ねられた。「アルジンというのは、性格はなんとなくわかったけど、顔かたちはどんなイメージなの?」。やなせはなぜかアルディンをアルジンと発音していたそうだが、ともかく山本は「(勝手にやってくれればいいのに……)と思った。すると、語呂合わせのように、以前に見た、『勝手にしやがれ』というフランス映画が浮かんだ」そうで、「そうですねェ。『勝手にしやがれ』の、ジャン・ポール・ベルモンドみたいな感じかなァ」と答えた。結果、やなせはベルモンドそっくりのアラビア人を描いてきた。

 『アンパンマンの遺書』の方には、「まず主役のアルディンは、フランスの俳優ベルモンドを下敷きにした」とあるだけで、自身の発案なのか山本からの示唆を受けてデザインしたものなのかはわからない。ただ、やなせの漫画家としてのセンスであり画力が、ベルモンドの面影をしっかりと残しつつアラビア人としての雰囲気も合わせ持ったアルディンを生み出したことは間違いないだろう。

 『虫プロ興亡記』には、やなせがデザインした他のキャラクターの絵が掲載されている。奴隷市場で売られていた美女のミリアムや盗賊の娘のマーディア、野心的な官吏でアルディンの敵となるバドリーの3人で、ミリアムは「多産型美人」、マーディアは「猫のような野生型」、バドリーは「カミソリのようにするどい男」といった添え書きそのままのデザインになっている。1970年刊行の短編メルヘン集『十二の真珠』の表紙絵に近いタッチで、この頃のやなせならではの画風が反映されていたと言えそうだ。

 自伝によれば、マーディアは自身の手持ちのキャラクターをデフォルメして使ったとのこと。「最初ほんの端役で、登場するのは一シーンだったのが、キャラクターが決定するとだんだんふくらんで、重要な役に変化していった」。自身も気に入っていたのか、1984年刊行の『やなせたかしの新アラビアンナイト③ 魔城の怪人』に火の精として再登場させている。

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