『九龍ジェネリックロマンス』実写映画化の意義 吉岡里帆が挑んだ“一人二役”の凄み

リアルサウンド映画部の編集スタッフが週替わりでお届けする「週末映画館でこれ観よう!」。今週は、週4で中華料理屋に通っている佐藤が、『九龍ジェネリックロマンス』をプッシュします。
『九龍ジェネリックロマンス』

本作に出会う前、筆者は2025年春に放送されていたアニメ版『九龍ジェネリックロマンス』にハマっていた。アニメならではの幻想的な色彩設計と、九龍城砦という懐かしくも異世界的な街の空気感に魅了され、毎週の放送を心待ちにしていたのを覚えている。だからこそ、実写映画化が発表されたときには「これは別物として楽しもう」と思っていた。そして実際に観て、その予感は正しかったと感じた。
1990年代風の作画テイストが支持されてきた原作を、吉岡里帆や水上恒司をはじめ、栁俊太郎、梅澤美波、竜星涼といった今をときめく俳優陣がそのまま再現するのは、そもそも難しい。だがその結果、本作は再現ではなく“翻案”としての魅力をしっかりと獲得していたのだと思う。

舞台は、懐かしさ溢れる街・九龍城砦の不動産屋。ここで働く鯨井令子(吉岡里帆)は、先輩社員の工藤発(水上恒司)に密かに恋心を抱いていた。工藤は九龍の街を知り尽くしており、令子をお気に入りの場所へ連れ出してくれるが、ふたりの距離はなかなか縮まらない。それでも令子は、靴屋を営む楊明(梅澤美波)、あらゆる店でバイトをする小黒(花瀬琴音)といった大切な仲間を得て、九龍での日常に満足していた。だがある日、工藤と立ち寄った金魚茶館の店員タオ・グエン(栁俊太郎)から、工藤の恋人と間違われる。さらに令子が偶然見つけた一枚の写真には、工藤と並ぶ自分そっくりの女性の姿があった。思い出せない過去の記憶、もうひとりの自分の正体、そして九龍の街に隠された巨大な謎……。
過去と現在が複雑に絡み合う物語は、一見すると壮大なスケールを思わせる。だが、日常の手触りを通じてミステリーとラブロマンスを軽やかに共存させており、原作やアニメを知らなくても十分に楽しめる仕上がりになっている。

特に実写ならではの良さとして印象的だったのは、九龍に暮らす人々の生活感だ。中国語と日本語をごちゃ混ぜに聞こえてくることで生まれる雑多さや、不動産屋「旺来地産」の支店長・李(山中崇)の不自然すぎる笑顔がもたらす異様さは、アニメにはなかった質感。生活しているようでいて、どこか人形のようにも見える登場人物たちの佇まいが、九龍という街そのものを“生きているのか死んでいるのか分からない空間”に変えていた。ラブロマンスの舞台であるはずの街が、一歩間違えば因習村ホラーに通じる不気味さを帯びる。そうした緊張感が、実写版をよりユニークで忘れがたい体験にしていた。

そんな物語の中心にあるのは、鯨井令子(吉岡里帆)と工藤発(水上恒司)の関係だ。特筆すべきは、吉岡が演じた鯨井A/Bの“一人二役”。アニメでは声優を白石晴香と山口由里子に分けることで視聴者に別人であることを理解させていたが、実写版では吉岡が身一つでそれを成立させていた。微妙な仕草や声色の変化だけで二人の令子を演じ分けるその芝居は、実写映画版ならではの強度を与えていたと思う。
そして迎えたオリジナルの結末は、「そう来たか」と思わず声に出してしまうほど予想を裏切るもので、強い余韻を残した。アニメとはまた違った解釈を提示してくれたことで、作品世界がより立体的に広がった感覚があった。アニメ、実写映画と二つの終着点を目にした今、三度目の正直として、原作漫画こその結末も見届けたい。
■公開情報
『九龍ジェネリックロマンス』
全国公開中
出演:吉岡里帆、水上恒司、栁俊太郎、梅澤美波(乃木坂46)、フィガロ・ツェン、花瀬琴音、諏訪太朗、三島ゆたか、サヘル・ローズ、関口メンディー、山中崇、嶋田久作、竜星涼
原作:「九龍ジェネリックロマンス」眉月じゅん(集英社『週刊ヤングジャンプ』連載)
監督:池田千尋
脚本:和田清人、池田千尋
音楽:小山絵里奈
主題歌:Kroi「HAZE」(IRORI Records/PONY CANYON INC.)
制作プロダクション:ROBOT
制作協力:さざなみ
配給:バンダイナムコフィルムワークス
©眉月じゅん/集英社・映画「九龍ジェネリックロマンス」製作委員会
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