今田美桜が『あんぱん』の主人公である面白さ “夫を支えた妻”美談から解き放つのぶの叫び

今田美桜が『あんぱん』の主人公である面白さ

 長かった。ついにアンパンマンの、原型が誕生した。

 朝ドラことNHK連続テレビ小説『あんぱん』が第21週「手のひらを太陽に」(演出:野口雄大)第105話。嵩(北村匠海)がアンパンマンの原型――太ったおじさんがあんぱんを誰かに配りに空を飛ぶ絵を描いた。これは嵩のこれまでの思いの集大成だ。

 そこに至るにはのぶ(今田美桜)と嵩の苦悩があった。

 嵩は漫画を描きたいのに肝心の漫画は手嶌治虫(眞栄田郷敦)のように評価されず泣かず飛ばず。舞台美術に作詞や広告イラストやテレビ出演など様々な仕事に恵まれ、それなりに活躍していて、いせたくや(大森元貴)が作曲した「手のひらを太陽に」は大ヒット。老若男女で、柳井嵩を知らない人はいない感じになりかかっていた。それでも本当に描きたいものが描けず、嵩は苛立つばかり。

 そんな嵩を不甲斐なく感じてのぶも苛立つ。嵩のやりたいことをやってもらうためなら自分が働くと思っていたが、仕事をクビになり、生計は嵩が担っている。のぶは鉛筆を削ったり、嵩の描いたものを届けたり、家事をしたり。教師、代議士秘書、会社員とそれなりに働いてきたのに、何か物足りない。

 気づけば、蘭子(河合優実)はフリーライターになり、メイコ(原菜乃華)は2児の母。故郷にひとり残っていた羽多子(江口のりこ)は、コン太(櫻井康太)が戦場で出会った老婆への贖罪に作るたまご食堂の手伝いをすることになった。みんなやりがいのあることをしているのに、のぶだけやりがいが見つからない。

 「うちは何者にもなれんかった」「世の中に忘れられたような、置き去りにされた気持ちになるがよ」とのぶは嵩に涙ながらに語った。

 中園ミホはインタビューで「多分、誰もが、一生懸命生きてきたのに、あれ、こんなはずじゃなかったのに……と思う瞬間があるのではないでしょうか。のぶみたいな女の子は私の周りにもたくさんいました。みんな、なりたいものを夢見ていたけれど、結局、結婚して、夫や子どもを支える人になってしまいます」と語っている。(※1)

 史実に引っ張られると、朝ドラ『あんぱん』に合わせて続々出版された関連本に記されたのぶのモデルの暢は、「いだてん・おのぶ」の異名のある走るのが早い女の子で、戦後、夫が亡くなってすぐに高知新聞社に入社し、夫からもらったカメラと夫の家族から習った速記を生かして活躍した。残されたわずかばかりの写真はおしゃれで颯爽とした、当時で言うところの職業婦人という感じだ。

 それが、嵩のモデル・やなせたかしと結婚してからはほとんど表に出てこない。やなせとの仲睦まじい2ショットや愛犬を抱えている写真は、人気作家の夫を支え幸せいっぱいに見える。人気作家の妻にふさわしい、いい印象しかない。まさに理想の妻。

 暢に関しては、やなせたかしが自著でいくつか思い出語りをしているのと、やなせと親交のあった梯久美子の評伝『やなせたかしの生涯 アンパンマンとぼく』、やなせ夫妻に20年寄り添った秘書でのちに株式会社やなせスタジオの代表取締役となった越尾正子による評伝『やなせたかし先生のしっぽ やなせ夫婦のとっておきの話』や、アンパンマンに並々ならぬ思いのある批評家・物江潤の『現代人を救うアンパンマンの哲学』などの断片からその像を結び合わせていくしかない。

 やなせ以外、暢とチョクに話しているのは越尾くらいだ。越尾はお茶教室で暢と知り合い秘書にスカウトされたという、おそらく絶大な信頼を受けた人物である。その彼女の書いたものは比較的淡々とほのぼのしている。

 越尾の書いた文のなかで印象的なのは、やなせと暢の小夏(柑橘の果物)の剥き方が違う話。やなせは暢に自分の剥き方を押し付けず、彼女の剥きたいようにさせていた。これは北村匠海がやなせ夫妻について印象的な話とインタビューで語っていた。

「その一歩引いたやさしさがすてきだと思います。暢さんがこんなに笑顔だったとか、あんなに悲しそうだったとか、つねに暢さんのことを見つめていたそうで、そういう話を聞いてとてもあたたかい気持ちになりました」(※2)

 越尾の手記では、つつましいやなせに対してお金使いが豪快だったとか、基本、繊細な夫を、暢がかかあ天下的に支えていたとか。それがあるとき暢が病気になって、おそらく先に亡くなるであろうとき、越尾に託したという流れが読み取れる。

 やなせ自身の回想は物語作家だけあって、多分に盛ってあるのではないかと推察できるが、ドキンちゃんが母親や暢がモデルだと言われていることからも、自由奔放な女性をまぶしく見つめていたのだろう。

 エモいのは物江潤の『現代人を救うアンパンマンの哲学』で、暢が朝日新聞で受けたインタビューの引用をはじめ、「私はクジ運が悪くていつもハズレだったけれど、あなたが当たって良かった。日本中の誰知らぬ人もいない人になってね」「わたしの生命はあなたにあげるわ。長く生きていい仕事をしてね」と夫の活躍を一歩下がった形で支えているような印象を受けそうな部分を記している。

 元来しっかり者で男性を振り回すくらいのエネルギーにあふれていた人が、何を思ったか、内助の功に徹した。そして、やなせたかしを残してこの世を去る。なんとなく大衆が好む美談の流れである。そしてそれは若干、男性にとって都合よく描かれているような気もする。これこそが、この世の中でどんなに女性が声をあげても、なかなか届かない状況の要因のひとつなのではないだろうか。

 暢がスカウトした越尾すら、本で彼女を「奥さん」と書いている。ふだん、そう呼んでいて、その呼び名に親しんでいたのだろうけれど、全編、ほぼ「奥さん」で、令和の感覚だとやなせたかしの付属のようにも見えてしまう。

 中園は、のぶをうまくいかない状況に立たせつつ、山に登って「嵩――ぼけーーー」と叫ばせる。

 ほんとうは麗しき美談に回収されてたまるかーということなのではないだろうか。ではここで、過去の朝ドラで、著名人の妻はどのように描かれたかを振り返ろう。

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