『あんぱん』嵩と“史実”のやなせたかしの違い “正義”を求めて迷い続けた2人の生涯

『あんぱん』嵩と史実のやなせたかしの違い

そして『アンパンマン』へ

 そうした意識がようやく抜けるのは、『アンパンマン』が1988年末にTVアニメ化され、1990年には日本漫画家協会賞を受賞したあたりになるのだろう。この年は、前年2月に死去していた手塚治虫もいっしょに文部大臣賞を受賞している。やなせもようやく追いつけたと思ったかもしれない。この頃の様子が『あんぱん』で描かれたとしたら、老境に入った嵩が手塚をモデルにした手嶌治虫を思い出すという、胸をジンとさせるシーンになりそうだ。

 それまでの間、やなせのマルチな活動は続き迷いも続く。映画雑誌の『映画ストーリー』にエッセーを書くようになり、原稿を取りに来た「ベレー帽をかぶった眼の大きな女の子」と意気投合した。その女性こそが『寺内貫太郎一家』や『阿修羅のごとく』といったドラマの脚本で有名な向田邦子。やなせは後に向田が連載を始めたエッセー「父の詫び状」に挿絵を寄せることになる。

 向田は脚本だけでなく小説も書いて直木賞を受賞する有名人となったが、1981年に台湾の飛行機事故で亡くなってしまう。駆け抜けていったその生涯を思い、やなせは「ぼくはいったい、どのへんをどっちの方向に向かって歩いているのだろう?」と自伝で自問している。

 もっとも、その頃のやなせはと言えば、ドラマで妻夫木聡が演じる八木信之介のモデルと思われるサンリオ創業者の辻信太郎と知り合い、初の詩集『愛する歌』を刊行して10万部を売る人気者となっていた。あの手塚治虫から依頼され、アニメーション映画『千夜一夜物語』の美術監督も務めていた。

 映画のヒットに気を良くした手塚からは、ポケットマネーで『やさしいライオン』という短編アニメーション映画を作らせてもらい、それが毎日映画コンクールで大藤信郎賞を受賞してここでも多才ぶりを炸裂させていた。サンリオが刊行する『詩とメルヘン』の編集長となり絵本の仕事にも本腰を入れ始めた。こうした活動の中から絵本の『アンパンマン』シリーズが生まれ、ジワジワと子どもたちに広がっていく。

 TVアニメ化されて大ヒットし、日本漫画家協会賞を受賞して「アンパンマンもやっと市民権をもつことができた」と納得を見せたやなせ。それまでの活躍ぶりを思うと遅すぎる気もするが、他に流されないで何者かになりたいとあがきつづけたことで、アンパンマンが生まれたと思うと、迷うことにも大きな意味があった。遠回りだったようにも見える人生も、出会った人々と紡いだ数々の成果が後に繋がったのだとすると、絶対にムダではなかった。

 人生は長い。そして険しい。けれども信じて歩み続けることの大切さをやなせの生涯が教えてくれる。それは、ドラマの『あんぱん』からもきっと感じ取れることだろう。これから本格的に描かれる八木との交流や手嶌との“再会”を経て、『アンパンマン』が生まれ子供たちに広がっていく様子をのぶ(今田美桜)とともに見守り、迷い続ける嵩を間違っていないと応援することが、これからの『あんぱん』の楽しみどころとなりそうだ。

参照
※『アンパンマンの遺書』(岩波現代文庫)より

■放送情報
2025年度前期 NHK連続テレビ小説『あんぱん』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:今田美桜、北村匠海、江口のりこ、河合優実、原菜乃華、高橋文哉、眞栄田郷敦、大森元貴、戸田菜穂、戸田恵子、浅田美代子、吉田鋼太郎、妻夫木聡、阿部サダヲ、松嶋菜々子ほか
音楽:井筒昭雄
主題歌:RADWIMPS「賜物」
語り:林田理沙アナウンサー
制作統括:倉崎憲
プロデューサー:中村周祐、舩田遼介、川口俊介
演出:柳川強、橋爪紳一朗、野口雄大、佐原裕貴、尾崎達哉
写真提供=NHK

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