『あんぱん』“八木”妻夫木聡が映画評論に一石投じる “蘭子”河合優実と共有する戦争の痛み

『あんぱん』(NHK総合)第102話では、のぶ(今田美桜)が登美子(松嶋菜々子)の茶室を訪ねた。
前週に続いて登場した登美子は茶道の先生をしており、のぶに茶をふるまう。仕事を辞めて気落ちするのぶを励ます登美子は、あくまで息子が中心。嵩(北村匠海)の成功をうれしそうに語り、それを見ているのぶも笑顔になる。

「手のひらを太陽に」の作詞や舞台美術の仕事があたって、嵩の毎日は充実しているように見えた。だが、その心中は複雑。のぶの「嵩さんが好きな漫画を描いてくれたら、それが一番うれしいき」という言葉が刺さるのは、本業である漫画の不振が心に引っかかっている証拠だ。

第102話で注目されたのが、蘭子(河合優実)と八木(妻夫木聡)の関係だ。会社を辞めて独立した蘭子は、八木が設立した会社から仕事を受注している。蘭子が考えた商品の宣伝文に八木が辛辣な意見を述べる様子は前話で描かれた。
蘭子が苦心の末に完成させた原稿は、八木の最終OKが出た。粕谷(田中俊介)は「絶対」という言葉を付け加えてはどうかと提案するが、蘭子は「絶対という言葉は使いたくない」と言い、当初の案で行くことになった。ひと仕事を終えてほっとした蘭子は、八木に自分が寄稿した雑誌を差し出す。八木はすでに読んだ後だった。
八木が蘭子へ発した言葉は、歯に衣着せない率直なものだった。「最近の記事はけなしてばかり」で「独自の視点で作品そのものを批評するのはいいが、監督や俳優をこき下ろして楽しいか?」「試写室でもあら探しばかりしてるんじゃないか? そんな見方をして一番不幸になるのは映画を愛してる君なのに」と疑問を呈した。

記事に目を通した上で本人に直接言う八木には配慮があって、強い言葉を放つのは蘭子に対する信頼のあらわれと理解することは可能である。強く言うことで、蘭子に自分がしていることの意味を気付かせたかったのかもしれない。さすがにショックな蘭子は、八木に「家族も持たないのに、愛とか言われたくありません」と言い返す。あとから八木が戦争で家族を失ったと聞いた蘭子は、謝罪するために八木のもとを訪れる。
「絶対に生きて帰る」と行って出征した八木が復員したとき、妻と子は空襲で亡くなっていた。蘭子にとって豪(細田佳央太)のことを思い出させるエピソードだ。「絶対に生きて帰る」と言って戦地へおもむいた豪は二度と帰ってこなかった。蘭子と八木の体験は対になっており、2人は互いにとって心情を共有できる相手である。
本音でぶつかり合う八木と蘭子の間で関係が進展する予感もあり、嵩が描いたイラストの八木の横に蘭子がいる姿も想像できたが、その可能性は蘭子自身が否定する。つらい過去を持ったもの同士が寄り添えば幸せになれる、と考えるのはいかにも安易だ。終戦から20年近くを経ても心の傷は消えずに残ることが、蘭子と八木の姿から伝わってくる。
一瞬で空気を変える健太郎(高橋文哉)が嵩に持ってきた仕事と、健太郎の髪型が気になった第102話。八木の蘭子に対する評価は、映画評論のあり方について、作り手の視点を重視しつつ、良い鑑賞者とは何かを問うもので、受け手が作品を解釈する立場から反論がありえるだろう。
■放送情報
2025年度前期 NHK連続テレビ小説『あんぱん』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:今田美桜、北村匠海、江口のりこ、河合優実、原菜乃華、高橋文哉、眞栄田郷敦、大森元貴、戸田菜穂、戸田恵子、浅田美代子、吉田鋼太郎、妻夫木聡、阿部サダヲ、松嶋菜々子ほか
音楽:井筒昭雄
主題歌:RADWIMPS「賜物」
語り:林田理沙アナウンサー
制作統括:倉崎憲
プロデューサー:中村周祐、舩田遼介、川口俊介
演出:柳川強、橋爪紳一朗、野口雄大、佐原裕貴、尾崎達哉
写真提供=NHK






















