カン・ハヌルが複雑な状況に 『84m²』に投影された“現代社会に生きる者”の実感

カン・ハヌルは、『イカゲーム』のシリーズにおいても“人間くさい”役回りを演じていたが、今回の役柄であるウソンもまた、素直に状況に甘んじて堅実に努力を続けるようなキャラクターではない。だからこそ、ここでは不正に得た情報を利用し、自分には変えることのできないシステムをコントロールすることで、現状に一矢報いようとするのである。システムに従属する側と、支配する側。ウソンは、なんとか後者の側にまわろうと奔走するのだ。
思えば、マンション価格が高騰したのにも、投資家たちが物件を投機の対象にしたことに大きな要因がある。実際には住まないのにもかかわらず、物件を投資目的で購入する者が増えていくことで、いたずらに価格が高騰し、都市部に住みたい庶民が普通に働いたとしてもなかなか物件を購入することができなくなるのだ。
ウソンを同時に悩ませているのが、騒音問題である。常識を外れたレベルの騒音が断続的に聴こえてきて、ウソンは日常的に迷惑しているのだが、それだけでなく、下の階の住人が部屋に付箋を貼って苦情を申し入れてくる。「俺のせいじゃない。俺だって迷惑しているんだ」と憤ったウソンは、この原因が上階の住人にあると見当をつけ、上階を訪ねることにする。
興味深いのは、上の階の住人も、どうやら上階に原因があると思っているという点だ。ウソンは、さらに上の階を訪ねていき、最終的に最上階まで辿り着く。みんながみんな、上の階が原因だと思っている奇妙な構図というのは、非常に象徴的だ。
そういった感覚は、マンションという建物そのものの構造的な特徴に関係する。重力がある以上、居住者は床を歩かざるを得ず、上よりも下に音を響かせることが必然的に多くなるはずだ。“音が上から下に落ちる”という意識は、上階、下階のヒエラルキーの概念を強化するものとして、多かれ少なかれ住人の意識に影響を与えているのではないか。実際、マンションは上階にいくほど見晴らしが良くなり、地上の喧騒からも自由になれる。ゆえに、高層階ほど居住用の物件が高額になる傾向があるのは、その意識が市場価値にも反映していることを示している。
サイコスリラーとしての性質が次第にあらわになっていく本作のストーリーでも、やはり上層への意識、“社会の上で自分をコントロールする仕組みが存在するのではないか”という、それぞれの階層の人々の疑念が焦点になっていく。そして本作では、ついに、最上階の住人のさらに上の権力までもが描かれる。
全てが終わったかに見えたラストシーンで、依然として発生する異音は、不動産投資の罠と騒音問題という本作の要素を見事に繋げ、テーマを浮き上がらせる。この描写は、社会全体の“軋み”でありトラブルが、その影響を受ける被害者にとって対処が困難であるばかりか、その原因を認知することも難しい状況を示しているのである。
庶民の生きづらさを醸成しているのは、いったい誰なのか? 本作『84m²』は、それを考えるための要素が詰まっている。ストーリー以上に、この現実に染み出してくるミステリーこそが、現実と繋がった本作の最大の謎であり、真のテーマだといえるだろう。
■配信情報
『84m²』
Netflixにて配信中
出演:カン・ハヌル、ヨム・ヘラン、ソ・ヒョヌ、チョン・ジノ、キム・ヒョンジョン、パク・ソンイル、カン・エシム、イ・ジョング、ユン・ジョンイル、チョ・ハンジュン
監督:キム・テジュン
Young-Uk Jeon/Netlix © 2025
























