カン・ハヌルが複雑な状況に 『84m²』に投影された“現代社会に生きる者”の実感

2023年から現在にかけ、韓国の一人当たり名目GDPは日本を上回っている。つまり国民の平均的な経済力は、統計上、日本を追い越したということになる。しかし日本同様、庶民の生活事情は依然として厳しく、新たな問題も発生している状況のようである。Netflix映画『84m²』は、そんな社会状況の一端を、サイコスリラー映画として映し出した話題作だ。
韓国版『スマホを落としただけなのに』(2022年)のキム・テジュン監督、『イカゲーム』シリーズのカン・ハヌルが主演する本作『84m²』は、都市部の高層マンションを手に入れた一人の男性が、狂奔する社会事情や異常な隣人トラブルによって、地獄のような体験をする様を描く。
とはいえ、カン・ハヌル演じる主人公ウソンが、どんな複雑な状況に追い込まれたかという描写は、理解しづらい部分もあるかもしれない。ここでは、本作の内容を解説しつつ、本作のストーリーが現代社会を生きる者の実感をどのように投影しているのかを考えていきたい。
最初に提示されるのが、2021年にソウルのマンションの価格が急騰していたという事実だ。政府は、そんな市場の状況に対応するため、ローンの規制を始める。カン・ハヌル演じるウソンは、規制が始まってしまっては、もう一生マンションを手に入れることはできないと、なんとか保証金、頭金をかき集め、滑り込むかたちで分譲マンションの一室を手に入れるのだ。
主人公が払った11億ウォンは、日本円にすると約1億1千700万円。日本では、いわゆる「億ション」と呼ばれる部類に入る。タイトルにもなっている「84m²」だと、広々としたリビングと2、3の個室という生活スペースが作れ、大家族でもなければ、申し分ない間取りと広さで快適に住めそうだ。この十分な占有面積で都市部に居を構えるというのは、韓国のみならず、日本の多くの人々にとっても、一つの理想のライフスタイルだといえるのではないか。
それだけに、庶民がこの夢を達成するには、かなり無理を強いられることとなる。主人公ウソンは、信用貸付、社内貸付、退職金前借り、預金解約、仮想通貨売却、株式売却、田舎の土地売却など、やれることは全てやり、過去の積み上げと未来の自由を、この物件に捧げたのである。
それから3年。このマンションには、おそろしいことがダブルで起こっていた。一つは、マンションの価値が急落し、8億7000万ウォン(約9000万円)になってしまったこと。ウソンが購入した時期は、住宅バブルでどんどん値段が上がっていたのだ。
おそらく彼は、この部屋がさらに高値になり、買ったときよりもはるかに高い金額で売れると思っていたはずだ。そうすれば、その利益でまた新しい物件を手に入れることもできる。つまりは、“住める投資”だと考えたからこそ、ウソンは無理に無理を重ねたのである。しかし、その甘い夢は潰えた。
とはいえ、もともと住むことが主目的ではあったのだから、そこにずっと定住するのだと気持ちを切り替えるのならば、価格がどうだろうとローンを払い続けていれば、生活を楽しめるはずである。しかし、彼の肩にはさらなる出来事、“金利の上昇”という重しがのしかかる。ローンに含まれる金額が上がることで月々の支払いが増え、これまでもぎりぎりの支出に耐えていたウソンは、会社での勤務の後にアルバイトまでしなければならなくなったのだ。
婚約を破棄してしまったウソンは、この広いスペースに一人住みながら、激務をこなし続けなければならない。最近日本でも「残クレ アルファード」なるミームが流行ったように、分不相応な高級品に無理に手を出すことで、少しでも計算が違ってしまうと、人生まで狂ってしまうという境遇が、ここで戯画化されているのである。ウソンは、そんな状況から抜け出そうと、仮想コインの不正な取り引きに手を出してしまう。
























