『あんぱん』吉田鋼太郎だからこそ演じられた釜次 強さと繊細さを併せ持つ名演を振り返る

『あんぱん』吉田鋼太郎の名演を振り返る

 だが、時代は太平洋戦争へと進んでいく。豪は出征し、のちに戦死してしまう。石工の仕事の中には、墓石に名を刻むことも含まれている。だから釜次は、自分より若い豪の墓石も作らなくてはならなかった。下書きをした紙を墓石の上に乗せ、仕事を始めようとする釜次は、その手を止めてしまう。でもそれも一瞬で、釜次は頭に浮かんだ何かを振り払うように口元を引き締め、仕事を再開したのだった。朝田家の一員であるときは饒舌な釜次も、石工である時は黙々と仕事をする職人。普段はその切り替えがうまいはずの釜次がこの時にだけ見せたためらいに、彼の心の葛藤が凝縮されているように思われてならなかった。

 そして、風変わりなパン職人・“ヤムおんちゃん”こと草吉(阿部サダヲ)と釜次は反りが合わず、喧嘩ばかりしていたが親友のようでもあった。結太郎が急死した際、草吉が作るあんぱんによって朝田家全員が窮地を脱したが、釜次は草吉を嫌っている割には一番多くあんぱんを食べている。さらにその後、「朝田パン」の開業のための場所や資材等を提供。こんなところからも、なんだかんだ言いつつ草吉を好いていて、力になりたいと思っている釜次の心が伝わってくる。中でも乾パン製造を通して、草吉がかつて、日清戦争に徴兵された経験を釜次に明かし、頼まれた乾パンを作った後、追いかけようとするのぶを引き留めてまで旅立つ草吉を見送るシーンは、人生経験を重ねた者同士でしか分かり合えないものがあることを感じさせ、それまでの『あんぱん』にはなかった“大人の友情”を描いた名場面となっている。

『あんぱん』“ヤムおんちゃん”阿部サダヲが退場 “ほんのり甘い”存在との再会を願う

朝ドラ『あんぱん』(NHK総合)第9週ラストで、“ヤムおんちゃん”こと草吉(阿部サダヲ)が朝田家を出ていった。風来坊の草吉が御免…

 釜次を演じる吉田鋼太郎の芝居には緩急がある。教師になるという決意を持ち、釜次と膝を突き合わせて対峙したのぶの声は自然とハリと勢いがあった。それまで釜次はむやみやたらに大きな声を出さない人であったが、この場面ではのぶに負けないくらいの朗々とした声で応戦。吉田はシェイクスピア作品やギリシア悲劇といった海外の古典作品の舞台によく出演する俳優でもあるが、そんな“舞台俳優”としての一面が大いに発揮されていた。一方で、豪の墓石を刻む場面では、家族が誰も見ていないところでのちょっとした仕草に釜次の繊細な内面が見えていたし、草吉とのやりとりも、その時ののぶや嵩(北村匠海)らの青年たちにはないほろ苦さや複雑さを感じさせるものとなっていた。

 釜次はその最期までのぶに、そして嵩に伝えたいことがあるようだ。これまでふたりは結太郎や清(二宮和也)からの言葉を、心の中で大切にして生きてきた。きっと釜次からの言葉もふたりの“お守り”になってくれるだろう。釜次が何を伝え、のぶと嵩がどう受け止めるのかを見守っていきたい。

■放送情報
2025年度前期 NHK連続テレビ小説『あんぱん』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:今田美桜、北村匠海、加瀬亮、江口のりこ、河合優実、原菜乃華、細田佳央太、高橋文哉、中沢元紀、大森元貴、志田彩良、二宮和也、瀧内公美、山寺宏一、戸田菜穂、浅田美代子、吉田鋼太郎、竹野内豊、阿部サダヲ、妻夫木聡、松嶋菜々子
音楽:井筒昭雄
主題歌:RADWIMPS「賜物」
語り:林田理沙アナウンサー
制作統括:倉崎憲
プロデューサー:中村周祐、舩田遼介、川口俊介
演出:柳川強、橋爪紳一朗、野口雄大、佐原裕貴、尾崎達哉
写真提供=NHK

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