イーロン・マスクらによるSNSでの騒動も 傑作ドラマ『アドレセンス』の魅力とテーマ解説

 第2話における、ライアン(ケイン・デイヴィス)らのセリフや態度が示唆するように、ここでの“モテ”、“非モテ”が、個人同士の恋愛を超えて、学校内のヒエラルキーや、彼らが思う人生の見通しにまで影響を与えてしまっているのである。それはまだ、人生経験が少なく価値観が狭いからこそ陥ってしまう絶望に他ならない。だが同時に、そういう価値観を信じきっている当人に説教したり力づけたところで、素直に勇気づけられるものでもないだろう。

 ここで重要なのは、ジェイミーが外からの評価にプレッシャーを感じているという点である。自分が醸成してきた価値観ではなく、他人から自分がどう見えるかという部分に拘泥し、のたうち回ってしまうのである。これは、まだ“個”が出来上がって大人になっていない「思春期(アドレセンス)」だからこその反応だといえる。とはいえ大人になっても、何度もそこに戻って苦しめられる人も少なくないかもしれない。

 一方で、ミーシャ・フランク刑事(フェイ・マーセイ)や、被害者ケイティの親友ジェイド(ファティマ・ボジャン)は、女性側の視点から苛立ちを見せる。捜査のためとはいいながら、被害者のケイティのことよりも、加害者側に興味を持ち、男性の内面に迫ることが重要だとする考え方自体に、彼女たちは違和感や怒りをおぼえるのである。これは、まさにそれが核心である本シリーズそのものへのカウンター的な意見だといえよう。その感覚や社会の在り方にも触れることで、本シリーズはやや推進力を失いながらも、立体的な内容を獲得することになる。

 殺人者の家族と見られるようになってしまったミラー家の父母と娘(ジェイミーの姉)の様子が描かれる第4話では、とくに父親エディ(スティーヴン・グレアム)の行動を通して、さらにジェイミーの内面が浮き彫りとなる。エディは過去に、ジェイミーにスポーツをさせようと、“男らしい”競技を試させたが、そこでうまくいかずに嘲笑される光景を前に、エディは見て見ぬ振りをしたのである。ジェイミーは、そこで“男らしさ”から脱落し、父親の失望を感じ取ったはずだ。この一件が学校内の価値観と結びつき、ジェイミーの性格を屈折させ、凶行に駆り立てる遠因になったのだと考えられる。

 父親エディの人間性は、やや複雑だ。彼は家族を愛し、もちろんジェイミーにも愛情を感じ、人一倍家庭生活に尽くしているようである。妻や娘とも和やかに楽しく話ができる。しかし、ふとした瞬間に怒りを爆発させ、暴力的な一面を垣間見せるときがある。視聴者がその空気の変化をリアルタイムで味わえるという意味では、第3話同様、ワンカットで描かれる意義を感じられるのだ。

 ジェイミーの暴力性は、エディの一面や価値観を受け継いだものであり、そのエディもまた、父親(エディの祖父)からベルトでぶたれていたという子ども時代の影響を受け継いでいると考えられる。この世代間の暴力や“男らしさ”の価値観が、それぞれを傷つけ合い圧力を与えていたのだ。注目すべきは、ミラー家が決して特殊な家庭環境というわけではないということだ。むしろ、“普通の家庭”にこそ、この種の保守性や狂気が内包されているのではないのか。

 イギリスでは近年、刃物を使った犯罪が非常に多く、10代を含んだ若年層による傷害事件も増加している状況にあるという。本シリーズが描くのは、そんな子どもたちが一般の人々と著しく異なる存在ではなく、むしろ非常に近いところにいるということなのではないか。“男らしさ”に代表される「ジェンダーロール(性別的な役割)」の概念に限らず、われわれもまた、抑圧的な価値観を過去から受け継いでしまっている部分があるのかもしれないのだ。

 さて、そんな本シリーズは、SNSで物議を醸すことにもなった。マレーシアを拠点とする右翼コメンテーター、イアン・マイルズ・チョンは、本シリーズに対し、「このドラマはサウスポート殺人事件など実際の事件に基づいている。その犯人は黒人の移民だったのにドラマでは白人少年に人種がすり替えられ、“レッドピル運動”によってオンラインで過激化したと描かれている。これはまさに“反白人プロパガンダ”だ。」と、X(旧Twitter)に書き込んだのである。これに、実業家のイーロン・マスクが反応。自身のアカウントに「Wow.」と書き込んで当該ポストを拡散したことで、大きな注目を集めることになったのだ。 

 スティーヴン・グレアムとともに本シリーズの脚本を執筆したジャック・ソーンは、この意見を“陰謀論”だとして、完全に否定している。「スティーヴンと私が、ある事件を基にしつつ人種を入れ替えと主張している。それは、全くの事実無根だ」と。実際、イギリスには10代による刃物による事件は多く起こっていて、白人の加害者も多く含まれている。そもそも、アフリカ系の17歳の青年が加害者となった「2024年サウスポート殺傷事件」が起こったのは、本シリーズ制作発表から数カ月遅れていて、この事件が物語の基になっているとは考えにくいのだ。

 この反論を受け、チョン氏とマスク氏はSNSで大きな批判を浴び、複数のメディアも、とくにマスク氏が誤情報を拡散したことを報じ、陰謀論は沈静化している。インターネット上でも作品の評価は非常に高く、デマの影響から脱したかたちである。

 ちなみに、チョン氏の言及した「レッドピル運動」とは、映画『マトリックス』(1999年)に登場する、“真実を知る”赤い錠剤にちなんで、「真実に目覚めよう」とする陰謀論の一種であり、マスク氏が応援していた運動でもある。そこには、女性や人種的マイノリティの権利向上のバックラッシュである“男性の権利”、“白人の権利”の主張も含まれる。この詳細については、過去の『マトリックス レザレクションズ』評「『マトリックス』シリーズとは何だったのか 『レザレクションズ』に込められたメッセージ」にて詳述しているので、ご一読いただきたい。

 興味深いのは、イーロン・マスクもまた、抑圧的な父親の虐待を受け、学生時代にいじめを受けていた経験があるということだ。そして、元妻への抑圧的な振る舞いや、トランスジェンダーの娘に対して「私の息子は死んだ」と言い放つなど、「レッドピル運動」以外にも、彼の放言やデマの土台には、女性嫌悪的な思想が存在していることは指摘されてきたし、「男らしさ」の価値観から子どもを抑圧する行動も見られる。そのことが、彼のビジネスの面でも、足を引っ張る要素になっているのである。そう考えると、本シリーズの描いた心理的リアリティは、皮肉にもマスク氏の否定的な反応によって、より真実味を増したといえるのではないだろうか。

 だがもちろん、本シリーズが描いた心理状態は、暴力性、攻撃性を持つに至る一つのモデルケースでしかないことも確かなことだ。虐待を受けても、その悲劇や暴力を連鎖させないように生きている人も大勢いる。前述したように、重要なのは、ネガティブな感情や暴力性は誰もが持ち得るものだという事実を知ることであり、決して特別なものではないと意識することではないのか。だからこそ、本シリーズ『アドレセンス』は、多くの視聴者にとって、面白さや技術への驚きだけではなく、自分の行動を振り返り考えさせる、有用な作品になっているといえるだろう。

参考
※ https://variety.com/2025/artisans/news/adolescence-one-take-episodes-netflix-1236339292/

■配信情報
『アドレセンス』
Netflixにて配信中
出演:スティーヴン・グレアム、アシュリー・ウォルターズ、エリン・ドハーティ、オーウェン・クーパー、クリスティン・トレマルコ、フェイ・マーセイ、アメリー・ピース
監督:フィリップ・ヴァランティーニ
制作:ジャック・ソーン、スティーヴン・グレアム
Courtesy of Netflix © 2024

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