松嶋菜々子、『あんぱん』で“陰のある母親”に? 『なつぞら』のイメージ覆す新天地へ

 一方で、『あんぱん』の登美子は、いわばその対極にあるキャラクターだ。家族を思う気持ちはあるが、それ以上に“自分らしさ”や“生き方”を貫く姿勢が際立つ。自立した女性として描かれるその姿には、現代的な女性像が投影されており、“古き良き母親像”からの脱却とも言える。ここに松嶋菜々子という俳優の成熟を感じるのだ。

 実際、朝ドラにおける母親像というのは、常に視聴者の注目を集める存在だ。作品の世界観を支える重要な存在であり、主人公の成長に大きな影響を与えるポジションでもある。『あんぱん』においても、登美子というキャラクターのあり方は、物語の重要な要素となるだろう。彼女の生き様をどう描くか、それを松嶋菜々子がどう演じるか、そこに物語の深みと現代性が宿るはずだ。

 また、登美子という役柄は、母親としての評価だけでは語りきれない魅力を備えている。自由奔放な反面、息子に強い影響を与えるミューズのような側面もあり、創造の原点として存在感を発揮する。これは、単なる家族ドラマではなく、創造や芸術にまつわるテーマと重なり合うものだ。やなせたかしという一人のクリエイターの原風景を描く上で、登美子の描写は極めて重要になる。その重責を担うのが、松嶋であるという事実には、納得とともに期待が高まる。

 さらに注目すべきは、松嶋が長年にわたって演じ続けてきた女性の変化だ。『やまとなでしこ』では、自分の理想の人生を追い求める野心的な女性を演じた一方で、『家政婦のミタ』では感情を抑えたミステリアスな存在を表現。『救命病棟24時』(フジテレビ系)シリーズでは、冷静沈着でプロフェッショナルな医師を演じるなど、松嶋は常に時代とともに役を更新してきた。その中で培われた説得力が、今回の登美子役にも存分に発揮されるだろう。

 また、視聴者にとっては『ひまわり』『なつぞら』に続く3度目の朝ドラ出演という点でも、大きな意味を持つ。NHKドラマとの相性の良さ、そして帰ってきた感を覚える人も少なくないだろう。だが今回は、そのイメージを良い意味で裏切るようなキャラクターへの挑戦でもある。清らかな母から一転してちょっと問題ありの母へ。松嶋がどこまで新境地を見せてくれるのか。これまでのキャリアを知る者にとって、それは非常にスリリングな体験となるに違いない。

 朝ドラ『あんぱん』における松嶋菜々子の登美子役。それは母親という存在の在り方を再定義する挑戦でもある。母性とは何か、家族とは何か、そして“好き”や“創造”の根源にあるものは何か。彼女が見せてくれる新たな表現が、またひとつ、松嶋菜々子という俳優の歴史に深い1ページを刻むことになるだろう。

■放送情報
2025年度前期 NHK連続テレビ小説『あんぱん』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:今田美桜、北村匠海、加瀬亮、江口のりこ、河合優実、原菜乃華、吉田鋼太郎、浅田美代子、細田佳央太、松嶋菜々子、二宮和也、中沢元紀、瞳水ひまり、戸田菜穂、竹野内豊
作:中園ミホ
音楽:井筒昭雄
主題歌:RADWIMPS「賜物」
語り:林田理沙アナウンサー
制作統括:倉崎憲
プロデューサー:中村周祐、舩田遼介、川口俊介
演出:柳川強、橋爪紳一朗、野口雄大、佐原裕貴、尾崎達哉
写真提供=NHK

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