『全修。』が切り開いた新たな“異世界” アニメーターの初恋が変えた“転生”の意味

一番近くて一番遠い場所へ 『全修。』が私たちを誘う異世界

 『全修。』の異世界は一番近くて一番遠くにある。そして、こうした距離感にあるのはナツ子の悩みも同様だ。すなわち次回作のテーマ「初恋」である。

 彼女はこれまで恋をしたことがなく、長編ラブコメの監督を引き受けても登場人物たちの気持ちがまるで想像できなかった。恋愛漫画を読んでも「トゥンク」の擬音が分からないほどだから筋金入りだ。けれど第7話で描かれた過去から分かるように、初恋は彼女と縁遠い感情ではなかった。好きなことに一直線なナツ子はいつも誰かを「トゥンク」させており、初恋は常に一番近くに、そして一番遠くにあったのだ。

 恋心は、特に初恋は人を大きく変える。別れに温かな思い出を添えたり、限界以上の力を発揮させたり、時には人生を狂わせたり……第7話で周囲の人がナツ子にときめく瞬間はアニメらしく大げさだが嘘ではなく、その時彼らの心は異世界に飛んでいるのだ。初恋が本作の鍵になっているのは奇妙なようでも必然と言えるだろう。

 『全修。』の異世界はルールの異なる世界ではなく、一番近く一番遠い場所である。実際、ナツ子の絵は状況よりも世界を変える絵だ。例えば信仰の場をアイドルのライブ会場に、例えば戦場をプロレスというエンタメに……彼女が絵を描く度、本作の世界は異世界へ変わっていく。修正されていく。その多彩さはアニメの懐の広さや本作を手がけるMAPPAの経歴の豊かさの現れでもあり、一種のランドマークのように観られる点にも本作の楽しさがある。

 終盤に突入し、物語は佳境を迎えている。世界が変わったことで起きてしまう悲劇や惨劇もあるし、ナツ子の初恋や次回作の行方からも目が離せない。それは全くの0から生まれるのとはまた違ったオリジナルの形だ。型に則ると同時に型から外れた、異世界転生ものに一番近くて一番遠い物語がここにある。どんな結末を迎えるとしても本作は、『全修。』は、私たちを見たことのない異世界へいざなってくれることだろう。

■放送情報
『全修。』
テレ東系列ほかにて、毎週日曜23:45~放送
キャスト:永瀬アンナ(広瀬ナツ子)、浦和希(ルーク・ブレイブハート)、釘宮理恵(ユニオ)、鈴木みのり(メメルン)、陶山章央(QJ)
原作:山﨑みつえ、うえのきみこ、MAPPA
監督:山﨑みつえ
脚本:うえのきみこ
キャラクター原案・世界観設定:辻野芳輝
キャラクターデザイン・総作画監督:石川佳代子
総作画監督:高原修司、早川加寿子、住本悦子
副監督:野呂純恵
美術監督:嶋田昭夫
色彩設計:末永絢子
撮影監督:藤田健太
編集:武宮むつみ
音楽:橋本由香利
音響制作:dugout
キャスティングマネージャー:谷村誠(サウンド・ウィング)
アニメーションプロデューサー:小川崇博
制作:MAPPA
©全修。/MAPPA
公式サイト:https://zenshu-anime.com/

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