横浜流星は殴られ役もよく似合う 『べらぼう』蔦重に活かされた極真空手の生き様

 NHK大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』において、主人公の蔦重こと蔦屋重三郎(横浜流星)は、よく殴られ、蹴られ、踏まれ、投げ落とされる。だが目は死なず、下から睨めつける。この一連のシーンがやたらしっくり来るのはなぜだろう。この、妙な既視感はなんだろう。ああこれは、昔極真空手の道場で何度も見た光景だという結論に、思い至った。

 横浜流星が極真空手出身であることは有名だ。2011年には、国際大会13・14歳男子55㎏の部で優勝もしている。そんな輝かしい実績はなにもないが、筆者も10代の頃の1990年代に極真空手の道場に通っていた。その道場の先生はいつも駿河屋の親父さま(高橋克実)のように眉間にしわを寄せていたし、なにかと言うとすぐに殴ってきた。返事が遅いと殴られ、返事の声が小さいと蹴られ、回答が気に入らないと踏まれた。やられたほうは、口では謝りながらも、下から睨めつける。道場が1階で良かった。2階だったら絶対に投げ落とされていた。蔦重のように。

 1990年代はまだ昭和の空気感が色濃く残っていた時代であり、格闘技の道場やジムは、どこもこんな感じだった(筆者の知る限り)(※1)。フィットネス感覚で格闘技をやるというような概念は、どこにもなかったが、、後にK-1による空前の格闘技ブームを経て、格闘技道場の雰囲気はガラッと変わる。ファンの延長で「軽めに格闘技をやってみたい」というライト層が増え、ジムや道場にもフィットネス的なクラスができた。そのような流れについていけない道場は、淘汰されていった。

 横浜流星が選手だった2000年代の極真空手の道場は、1990年代のような殺伐としたものではなかったと思う(思いたい)。おそらく、筆者の時代のように理不尽に殴られるようなことはなかったと思う(思いたい)。ただ、彼が所属していた極真会館千葉下総支部は、硬派なイメージが強い道場だ。倒れるときも前のめりな、泥臭く男臭い選手が多い道場だ(※2)。一見スマートな横浜流星とは真逆のイメージの道場である。だが彼の中には、今でもその道場のイズムのようなものが、色濃く残っているのだと思う。

 最も強くそれを感じるのは、どれだけ殴られ蹴られようとも、一向に心が折れない蔦重の姿を見たときだ。普段は吉原の若者として、三下の太鼓持ちに徹している。だが彼ひとりだけ綺麗にまとまらないクセのある跳ねた鬢の髪が、彼本来の気性を表しているようにも見える。

 タチの悪い客などに殴られた後に悪態をつく。本来なら女々しく見えてもおかしくないシーンだが、その悪態がいちいち面白く、悲壮感を抱かせない。「鼻から屁が出る病になればいいんだ、あんなヤツら」「あいつら、目からしょんべんが出る病になりますように」などの、「顔から排泄」シリーズが得意だ。このシリーズの新作を心待ちにしている。

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