『小学校~それは小さな社会~』で監督が映したものとは? 「小学校は私たちの社会の未来」
12月13日より公開されるドキュメンタリー映画『小学校〜それは小さな社会〜』の記者会見が9月30日に外国特派協会にて実施され、山崎エマ監督、プロデューサーのエリック・ニアリが登壇した。
本作はイギリス人の父と日本人の母を持つ山崎エマが監督を務め、公立小学校で150日、のべ4,000時間の長期取材を実施したドキュメンタリー映画だ。山崎は公立小学校を卒業し、アメリカの大学へと進学。そこで、自身の“自分らしさ”は、日本で過ごした小学校時代に学んだ“規律と責任”に由来していることに気づく。学校での教室の掃除や給食の配膳などを子どもたち自身が行う国は少なく、日本式教育「TOKKATSU」は、海外で注目を集めている。日本人である私たちが当たり前にやっていることは、海外から見ると驚きに溢れており、小学校を知ることは、未来の日本を考えることだと投げかける。第36回東京国際映画祭2023ではワールドプレミア上映がされた。
冒頭、司会のキャレン・セバンズより「私は日本の小学校の教育制度について詳しくなかったのでこの作品を観て最初はとても衝撃を受けました。監督は日本の公立小学校で教育を受けており、エリックさんは外国で小学校の教育を受けていると思うんですけど、この作品を作る上での新しい発見についてそれぞれお話しいただけますでしょうか」と問われると、山崎は「まず逆に聞いてみたいと思うのですが、日本人というのはどのように教育を受けて育ってきたと思いますか。海外に暮らしていると、日本人はとても規則正しくて、日本は寿司が美味しくてアニメが面白くて……とか、そうしたことにはとても詳しい外国人の方がいらっしゃっても、日本の教育のことまでは知らない方が大半です。だから、日本人というのは、はじめからいかにも日本人的な特質を持って世の中に出ていくわけではなく、ある一定の教育を受けて育ってきた人たちなのだということを、海外にも伝えたいという気持ちが大きなモチベーションになり、何年もかけてこの作品に取り組むことになりました」と回答。
また、プロデューサーのエリック・ニアリは「私はニューヨークで教育を受けましたが、私の通った小学校はとても自由でした。子供たちの自由を尊重する。資本主義の社会で生きていくためどういう人間になるべきか、というような教育を受けてきたのですが、日本の学校では、例えばコミュニティというものが重視されていて、すごく感心しました。コロナ禍に映画を撮影しましたが、アメリカでは1年半も休校が続いていました。『ニューヨークタイムズ』などでアメリカの事情を読むと、マスクをして登校するのか、このまま休校でいいのかなど、さまざまな議論がされていました。一方日本では、子どもたちはちゃんとマスクをして学校に登校し、普通に学校生活を送る努力を自らやっているということに、とても感銘を受けました。長年、エマからも日本の小学校のあり方について色々聞いていたので、映画を作っていく中で、より深く日本の学校の制度についても、またエマについても知ることができてよかったです」と答えた。
その後、会場に集まった日本外国特派員協会に所属する記者から質問がされた。まず、なぜこの映画を作り、各国で上映しようとしたのか、そして海外からはどんなフィードバックがあったかについて聞かれると、「私は日本の中と外で育った人間で、ハーフというアイデンティティをもち、『日本は今どうなのか?』という質問に対しての答えを探しているフィルムメーカーだと思っています。 前作では高校野球という日本独特で究極的な部分を社会の縮図として考え、今回もある土俵を決めて、その中で『だから日本はこうなのかもしれない』ということを、外の人に提示したいと思いました」と考えを明かした。
続けて「海外の方が日本に抱くイメージの本質が見えやすい土俵が小学校教育にあると思ったので、全身全霊を賭けてこれをやりたかったのです。日本に住んでいる時に気づけなかった日本のことを、海外に住んで気づけた私だからこそ、そしてドキュメンタリー映画監督を職業としている私だからこそ、自分が気づいたことを他の人にも伝えて、気づいてほしいのです。私ならではの人生経験を作品に込めてやることが、自分にできることだと思います。海外でこの作品を上映して自分が驚いたフィードバックは、どこの国においても教育者というのは似たような経験を持っていて、なかなか感謝されない仕事でありながら、とても重い責任のかかる仕事なのだということです。こうしていろいろな国で上映していますが、他の国の文化を知ることで、観た方のモチベーションを上げたり、インスピレーションになってくれたりするような作品だと思います」と答えた。
さらに英語と日本語のタイトルの意味が違うことについて問われると、「最初に思い浮かんでいたのは『The Making of a Japanese』という英語で、直訳すると“日本人の作られ方”みたいな感じだと思うんですけど、さまざまな思いがあって。まず、私は父がイギリス人で、日本で育って日本人と自分は思っていたんですけど、当時はなかなかそう見てもらえなかった。日本にいる間はそういう人生を過ごしてきました。今も、例えば大坂なおみさんのような方が出てくると、日本人とは何なのか、というような議論が起きることがあります。国籍を持っていたらいいのか、日本に生まれていたらいいのか、日本語を喋れたらいいのか。私がたどり着いた答えは、『日本の小学校教育を受けたら日本人なんじゃないか』でした。日本人の基盤はその6年で作られるのではないかというのがベースにあって、この英語のタイトルになりました」と、タイトル決定の背景を語る。
続けて、「日本語のタイトルは、原題の直訳がしっくりこなくて。小さな社会として学校があって、そしてそれは、いずれ訪れる私たちの社会の未来でもあるということを伝えたいと思いました。特に日本人論を挑発したいわけではないという思いもあって、この2つのタイトルにしています」と回答した。
さらに質問は続いた。算数や社会など基礎知識を教える日本の教育は、海外から評価されているのに、どうして映画の中では教科の授業の内容が出てこないのか聞かれると、「もちろん、国語、算数、理科、社会の授業は毎日行われていて、もう、何百回と撮影しました。勉強にも日本流はあると思いますが、やはり私の興味として、また一番伝えたいこととして、教科の授業以外の行事や授業と授業の合間に行われることによる人間形成の部分に、寄っていきました。特に、日本では給食の配膳や掃除を自分たちでやることは当たり前すぎて、教育の一環とさえ思われていないんじゃないかという不安もあり、そこを強調しました。海外ではこんなにも特別なこととして見てもらっているということを、日本公開でご覧になった方には気づいてほしいです」と考えを明かした。
さらに、学校の先生はこんなに苦労しながら我々子供たちを育ててくれたのだなと今更ながら感じた、という感想も。山崎は「今、日本の教育というと教員たちの働き方がブラックすぎて大変だとか、新しく先生になりたい人の数が減っているというニュースが多いです。先生という職業ほど大変なものはないと思いますし、正解がない中で悩んで……本当にリスペクトをしています。そして先生たちに任せるだけではなく、社会で先生たちのことを考えたいと思いました。働き方改革が進み、授業以外の時間は減ってきていますが、この映画を観てくれた日本の教員何人かは『僕たちにとっての働きがいもこの映画に詰まっている』と言ってくれました。先生たちの負担を減らしながら、状況を良くしていきたいです。この映画の公開が、そのきっかけにもなればいいと願っています」と回答。
そして、「この映画を観た方には、綺麗なところだけじゃなくて、そこで生じた問題も伝えていただけたらいいのではかなと思いました」という投げかけに対しては、「映画1つの中でできることは限られて、その点も、もちろんたくさん考えました。映画の中では、大学の先生が小学校に来て『学校教育は諸刃の剣……』と話すシーンに思いを込めました。やはり海外でも『日本はこんなに素晴らしいのに、なぜ自殺率が世界でトップクラスなのか』『引きこもりの問題や、社会全体が幸せではないみたいなことも聞こえてくるではないか』と質問を受けることがあります。その都度自分は、本当に全てが表裏一体なシステムなのだということを言ってきました。私は撮影のために4000時間ほど小学校にいましたが、その中で起きたたくさんの暗いことを省いたわけではありません。何か問題が起きれば健全な形で対応されていくところを1年間目の当たりにしたので、こういう映画になりました」と回答。
さらに「『日本のいじめはすごく有名なのにどうして入れないんだ』という質問も受けてきましたが、それを取り上げるプロジェクトは他にたくさんあります。私は、ある意味日本人の中心の部分にハマらないで苦労する人生を送りました。『日本人じゃないないだろう』といういじめを受けた身としては、苦労もありました。それでも社会における理想のヒントは、小学校にたくさんあると思っています。だからそこにフォーカスしました。もちろん山ほどある社会的な日本の課題はみんなで考えていかなければいけないと思っていますし、海外でもそういう風に聞かれれば答えてきています」と答えた。
■公開情報
『小学校〜それは小さな社会〜』
12月13日(金)より、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開
監督・編集:山崎エマ
プロデューサー:エリック・ニアリ
撮影監督:加倉井和希
製作・制作:シネリック・クリエイティブ
国際共同製作:NHK
共同制作:Pystymetsä Point du Jour YLE France Télévisions
製作協力:鈍牛俱楽部
配給:ハピネットファントムスタジオ
宣伝:ミラクルヴォイス
宣伝協力:芽 inc.
2023年/日本・アメリカ・フィンランド・フランス/カラー/99分/5.1ch/©Cineric Creative/NHK/Pystymetsä/Point du Jour
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