『ばいばい、アース』を氷川竜介が紐解く 世界を読解する楽しみ、終了後も残る余韻

氷川竜介が紐解く『ばいばい、アース』

 独特の剣戟アクションも、本作の大きな見どころである。「少女×大剣」の言葉に偽りはなく、ベルは身の丈と比べて大ぶりの剣を自在にふるって勇壮な戦いをパワフルに展開する。

 そこでユニークなのは「剣が生き物」という設定だ。これは比喩ではない。ベルの場合はユリ科の鋼に導かれ、師匠ラブラック=シアンに庇護を受けて「唸る剣(ルンディング)」の使い手となった。育てていった剣は、刻印(スペル)を現出させる。戦いに際し、ベルはスペルにそっとくちづけして刻印に感応をこめる。そのエロスと相手を傷つけるタナトスの一体感は、本作の姿勢を象徴している。

 集団戦も、この世界独特のものである。剣士はソリストと表現され、剣の戦い「剣楽」は総じて音楽の演奏に見立てられている。剣楽隊(バンド)が登場するに至り、その見立ては最高潮に達する。脚本家(リブレット)の立案した作戦を演出家(ディレクター)が具体化し、指揮者(コンダクター)が軍師となって、華麗に集団を導いていく。まさにオペラの様相を呈する剣士たちの戦闘描写は、大編成で録音されたゴージャスな実演奏とリンクし、まさにアニメ映像ならではの感興を呼びさます。

 こうしてストーリーが進むにつれ、疎外感を覚えていたベルは、共闘の経験の中から大切な仲間やかけがえのない友人を見つけていく。互いに信頼しあって成長していくこの様相も、大事なポイントだ。そして月瞳族の青年クエスティオン=アドニスの存在が、次第にウエイトを増す。

 彼は自分の剣を持たず、他人の剣を集めて戦っている。この世界における剣は、持ち手と不可分なものであるため、アドニスは誰からも忌み嫌われるようになった。疎外感をもつ点ではベルと同じであり、ふたりの間には微妙な感情も芽生えていく……のかと思えば、決して一筋縄では行かないのが、本作の特質だ。

 その障害はアドニスが受けた「呪い」に起因する。ベルも師匠から独立するときに「呪い」を受けている。物事の成就を阻む「呪い」がなぜ存在するのか。ベルが「旅」を通じて見つけようとしているものの本質は何か。

 驚くべき重層性で用意された特殊設定の中から、真実味あふれる人生観が浮かび上がり、見続けているうちに没入感が高まっていくのである。

 原作は人気作家の冲方丁が書き下ろした同タイトルの小説である。初出は2000年と、以前から読み継がれてきた作品で、「ライトノベル」の通念からかなりハミ出た部分も多い。彼が少年のころ、海外から帰国したときに覚えた違和感、孤独感を投影したとのこと。まだデビュー初期だったため、ファンタジー作品として考えぬいた要素を全部入れたという。文庫1冊分の依頼に対し、10倍以上の原稿を書いて版元の編集者に怒られたともいうから、原作時点で圧巻の情報量が塗り込められた作品世界なのである。

 そこから絞りぬかれてアニメ映像となった事物の背後に、膨大な因果関係の気配がするのも当然のことなのだ。小説に目を通したあとでもう一度アニメ版を見返せば、新発見が多々生まれるだろう。直接物語に関係ない描写でも、アニメスタッフは慎重に世界の中に埋め込んでいるため、楽しみが何倍にも増えるに違いない。

 もちろん小説を知らなくても大丈夫だ。小説ならではのルビ(ふりがな)を使った二重表現や、聞き取りづらい特殊用語にはガイドの字幕も添えられているし、物語が進むにつれて、映像化された世界は自然となじみ深くなっていくはずだ。

 外国へ旅行すると、すぐ分かることがある。母国ではない世界は、分かりにくい文化や生活様式に満ちあふれているため、自分には縁遠いものに感じられてしまう。ところが異国でしばらく時を過ごし、人と交わって話をしたりするうちに、その「違うもの」の中から「人として変わらないもの」が浮かび上がってくる。

 その異国の認識に染まったうえで母国に戻ったとき、逆方向に類似の現象が作動する。つまり見知ったはずのものの中から、「万国共通の大事なもの」が浮かび上がってくるのだ。それは日常生活を、活性化するものとなる。『ばいばい、アース』の鑑賞体験も、きっと同じ作用をもたらすはずだ。

 「誇張と省略」を要諦とするアニメのクリエイションは、こうした効果をコントロールしやすい。その重要性を改めて教えてくれる点でも、本作は希有なのである。

■放送情報
『ばいばい、アース』
WOWOWにて、毎週金曜23:30~放送・配信中
ほかBS局で放送、各プラットフォームで配信中
原作:冲方丁『ばいばい、アース』(角川文庫刊)
監督:西片康人
助監督:横手颯太
シリーズ構成:吉野弘幸
キャラクターデザイン:日野優希
モンスターデザイン:ツブキ ケン、原由知
デザイン協力:朝日隆(ヤングキングコミックス『ばいばい、アース』少年画報社刊)
美術監督:岡本穂高
色彩設計:篠原愛子
撮影監督:室塚勇伎
編集:山田聖実
音楽:Kevin Penki
音響監督:久保宗一郎
アニメーション制作:ライデンフィルム
キャスト:ファイルーズあい(ラブラック=ベル役)、内山昂輝(クエスティオン=アドニス役)、諏訪部順一(ラブラック=シアン役)、花江夏樹(キティ=ザ・オール役)、日野聡(シャンディ=ガフ役)、早見沙織(シェリー役)、榎木淳弥(ギネス役)、小清水亜美(ベネディクティン役)、豊永利行(ベネット役)、沢城みゆき(ドランブイ役)、津田健次郎(ローハイド王<正義>)、佐藤せつじ(ローハイド王<悪>)
©冲方丁・KADOKAWA/WOWOW,ソニー・ピクチャーズ,クランチロール
公式サイト:https://bye2earth.com
公式X(旧Twitter):@BBE_animePR

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