G・クルーニー&B・ピット『ウルフズ』なぜ日本公開中止に? 原因は“洋画離れ”ではない

 ジョージ・クルーニー&ブラッド・ピットの主演映画『ウルフズ』の日本公開が中止された。監督はトム・ホランド主演『スパイダーマン』シリーズを手がけたジョン・ワッツ。すでに予告編の上映などプロモーションも始まっていたあとの決定に、映画ファンやジャーナリストの間でも大きな動揺が広がっている。

 本稿では毎週、北米の週末映画ランキングを取り上げることで、ハリウッドにおける映画興行の「今」を追いかけてきた。結論から言えば、『ウルフズ』の日本公開中止は、「ジョージ・クルーニー&ブラッド・ピットの映画でさえ日本公開が見送られてしまう」という、いわゆる「洋画離れ」の問題ではない。むしろ北米映画業界がコロナ禍以降つねに抱えてきた問題が、現地ではなく、遠く離れた海外で噴き出したケースなのだ。

 『ウルフズ』は、クルーニー&ピット演じる事件の“もみ消し屋”である2人が、偶然に同じ事件現場で遭遇してしまうクライム・コメディ。製作はApple Studios、配給はソニー・ピクチャーズが務めており、すでに続編企画も始動しているほど重要な一本である。しかしAppleは、そんな話題作の興行戦略を水面下で切り替えていた。

 本来、Appleとソニーは『ウルフズ』を9月20日より北米で拡大公開する予定で、日本公開日も同じく9月20日と告知されていた。ところが8月7日、Appleは北米での拡大公開を取りやめ、限定的な劇場公開とすることを決定。さらに、1週間後の9月27日からApple TV+で世界配信することを発表したのである。

 Appleが海外でも同じ条件での劇場公開を求め、これを配給担当のソニーが受け入れなかったのか、あるいはAppleが海外市場での公開を見合わせるよう要求したのかはわからない。しかしAppleは、マット・デイモン&ケイシー・アフレック主演の『インスティゲイターズ ~強盗ふたりとセラピスト~』や、スティーヴ・マックイーン監督&シアーシャ・ローナン主演の戦争映画『Blitz(原題)』の北米公開も限定的にしており、同じ傾向が続く可能性は高そうだ。

『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』

 事態の背景には、スカーレット・ヨハンソン&チャニング・テイタム主演のロマンティック・コメディ映画『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』の不振がある……とも見られているが、事態の原因を同作だけに求めるのは正しくない。確かに『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』は製作費1億ドルに対し、北米興収2030万ドル、世界累計興収3965万ドルという大赤字であり、この映画を配給したのもソニーだったが、Appleの映画ビジネスにも(そう長くはない)歴史があるのだ。

 2019年からオリジナル映画の劇場公開に取り組んできたAppleが、大規模な劇場ビジネスの世界に参入したのは、レオナルド・ディカプリオ主演&マーティン・スコセッシ監督『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』の2023年10月だから、まだ10カ月前のこと。その後、ホアキン・フェニックス主演&リドリー・スコット監督『ナポレオン』(2023年)や、ヘンリー・カヴィル主演&マシュー・ヴォーン監督『アーガイル』(2024年)、そして『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』と、いくつもの話題作を拡大公開してきた。

 ところが、いずれの作品にも共通するのが、「劇場公開で優れた結果を出すことはできなかった」という事実だ。話題作が続いたにもかかわらず、作品によっては2億ドルを超える製作費と広報・宣伝費を回収できなかったとなれば、既存の映画スタジオならばビジネスとして大失敗である。もっとも、AppleのみならずNetflixやAmazonを含むストリーミング企業の強みは、映画の劇場公開を「自社サービスの宣伝・投資」として割り切れること。劇場公開で利益を生むことができなくとも、それによって自社サービスのブランド力が高まり、加入者数が増えれば何の問題もない。事実、Appleによるいささか無茶な映画ビジネスを支えてきたのはこの理屈だった。

 しかし、映画に巨額の投資を続ける戦略が長続きしないことは明らかで、7月下旬には前兆も現れていた。Apple TV+の加入者数が伸び悩み、1カ月間の視聴者数がNetflixの1日ぶんにさえ及んでいないというデータが出たほか、幹部陣がApple TV+の予算削減とコントロールを要求しているとも報じられたのである。

 それから『ウルフズ』の公開規模縮小までには3週間とかかっていないが、いずれにせよAppleは「映画の劇場公開にここまで投資する必要はない」と判断したのだろう。『ウルフズ』に限って言えば、ジョージ・クルーニー&ブラッド・ピットという2大スターの起用、そして試写段階での好評を受けて、劇場公開よりもApple TV+に観客を直接誘導する戦略が効果的だと判断されたのかもしれない。

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