『キングダム 大将軍の帰還』に感じたシリーズ屈指の熱量 観客を圧倒する大沢たかおの熱演

 このような大沢の狂気を受け止めるだけの幅と奥行きが王騎にあるということが、今回ストーリー、演出の面でも示されることになった。興味深いのは一騎討ちにおいて、武の力では王騎をやや上回っているはずの龐煖を、なぜか王騎の側が圧倒してしまうという展開と描写だ。そして、なぜ王騎が常に龐煖の上をいくことができるのかという理由が、本作の核心であり、第1作で信が憧れた“天下の大将軍”という象徴を体現する拠りどころともなっているのである。

 その答えは、深手を受けた王騎が弱音を吐かないどころか決して馬上から降りずに、いつものような余裕の態度を絶対に崩さない、戦場での姿勢から類推できる。王騎は自分の状態に関係なく、自分が総大将かつ「天下の大将軍」である限り、その姿を自軍、敵軍に見せ続けることが重要だと考えていることが分かるのだ。つまり王騎自身もまた、いみじくも本人が「幕です!!」というセリフを吐いているように、自軍、敵軍の前で「天下の大将軍」を俳優のように演じているのではないかということだ。そう考えれば王騎がその象徴となっている、真の「天下の大将軍」とは、修練や経験のみによってなれるものではなく、立場に相応しい振る舞いをすることの方に本質があるということなのだろう。

 このように大将軍として兵士たちの理想であろうとする部分が、おそらくは一騎討ちにおいて龐煖とのわずかな差を埋めた要因となっている。それは自身が説明するように、大勢の兵士を束ね命をかけさせる立場であることを、受け止めた上でのことなのだと考えられるのだ。そしてさらに、その原動力となっているものが、回想による秦王・嬴政との会話で明かされることとなる。

 それは、かつて王騎が仕えた、草刈正雄演じる秦の3代目の王・昭王にのみ王騎が真に恭順を示していたという、意外な事実である。それは同時に、4代、5代の秦王を値踏みし軽視していたという意味で、不敬と捉えられる態度だといえる。だがそれは同時に、自国の権力者にやみくもに従うのではなく、自分が仕えるに値すると考えたときにのみ助力を惜しまないということであり、「天下の大将軍」が真に偉大だというのであれば、ときに国王をも凌駕し、世界を見通す存在でなければならないという結論へとつながっている。これは、滅私奉公を至上の精神だとする『葉隠』に代表される「武士道精神」とは、明らかに異なるものだ。

 つまり王騎を「天下の大将軍」たらしめ、第1作からその異様さすら感じさせる威容によって信に憧憬の念を抱かせていた根底に、臣下が主を選ぶほどの域に達する精神性を有していたことが理解できるのである。そこまで考えれば、いかに武の道を極めたとしても一介の武人でしかない龐煖が、ときに国王以上の視野と哲学を持つ王騎に及ぶことがないのも道理である。劇中で王騎が信に、馬上で大将軍の見る景色を体験させる行為には、このような意味も含まれていたのではないだろうか。

 

 そんな王騎をして昭王に心酔せしめたのは、戦に勝利したとしても他国の民を自国の民と同様に愛さなければならないという、清廉な思想に他ならない。すなわち王騎と国王との間には、思想の共有によってのみ真の従属関係が成り立つという一種の“民主性”が存在していたことになる。この部分があるからこそ、信のみならず現代の観客までも王騎に共感し、その姿勢に感動できるのではないか。その意味で、本作は中国古代の戦争を描きながら、現代の価値観を再確認させるものになっているといえるのだ。

 この現代的といえる高邁な思想に、史実にある秦王・嬴政が共鳴できるかといえば、全く想像できないところなのだが、少なくとも本作で描かれる大将軍の理想型を、フィクションとして王騎なる武将が体現し、大沢たかおがその役柄に圧倒的な熱量を注ぐことで多くの観客の心に響く表現が達成されたということは間違いのないところだ。

 新木優子演じるかつての大将軍・摎(きょう)や、大将軍の座を目指してきた信が、昭王の精神を受け継ぐ王騎の姿に憧れ、それぞれに前を見据えて進み出そうとする決意の表情は、王が持つべき博愛的な思想は、その臣下や民衆までも受け継ぐことができることを意味している。われわれ観客がスクリーンに投影される王騎や摎、信の前を向く姿に、強く心を掴まれるというのは、これらの構図において、自分もまた自分の時代で理想を目指して生きてゆけるという希望を提示されるからということなのではないだろうか。

■公開情報
『キングダム 大将軍の帰還』
全国公開中
出演:山﨑賢人、吉沢亮、橋本環奈、清野菜名、玉木宏、佐藤浩市、小栗旬、吉川晃司、大沢たかおほか
監督:佐藤信介
脚本:黒岩勉・原泰久
音楽:やまだ豊
主題歌:ONE OK ROCK 「Delusion:All」(Fueled By Ramen / Warner Music Japan)
原作:原泰久『キングダム』(集英社『週刊ヤングジャンプ』連載)
配給:東宝
©︎原泰久/集英社 ©︎2024映画「キングダム」製作委員会
公式サイト:https://kingdom-the-movie.jp/
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