映画『ルックバック』の原作よりも印象に残る青春の終わり 表現者が抱える“孤独”を実感
押山清高監督のアニメ映画『ルックバック』は、藤野と京本という二人の少女が、漫画を描くことで成長していく姿を描いた物語だ。
物語は小学生時代から始まり、中学生になると二人は「藤野キョウ」名義で漫画を描くようになる。7本の読み切りが掲載された二人は、少年誌で連載をついに勝ち取るが、京本は美大進学を選び、藤野は一人で漫画を描くことになる。
原作は『チェンソーマン』(集英社)の作者として知られる藤本タツキの同名漫画(集英社)。2021年に漫画アプリ『少年ジャンプ+』で配信された本作は、143ページの長編読み切りを無料で一挙掲載するという大胆な発表形態によって多くの読者を獲得した。
本作は背中越しのカットが印象に残る漫画で、藤野が無言で漫画を描いている姿を背中から映したコマを同じアングルで並べ、窓の風景や本棚の本の種類が変化していく様子を描写していく演出が生み出す静かなリズムが、とても心地良い。
苗字からわかるとおり、藤野と京本は作者の藤本タツキの分身と言える存在だ。藤野がジャンプで連載することになる漫画『シャークキック』は『チェンソーマン』を思わせる作品で、コミックスも11巻という第一部終了時点での巻数となっている。
『ルックバック』というタイトルには様々な意味が込められているが、作者にとっては「過去を振り返る」物語だったのではないかと思う。『チェンソーマン』の第1部を描き上げ、漫画家として脂が乗っていたタイミングだからこそ描けた自伝的漫画だったとも言えよう。
また、物語後半では、美大に侵入した不審者によって京本を含めた大勢の美大生が殺されるという実際の放火殺人事件を彷彿とさせるショッキングな展開が描かれた。
現実の事件を物語の題材として扱ったことに対しては賛否両論で、漫画の配信日(2021年7月19日)が事件の起きた日(2019年7月18日)の1日後だったことや、犯人の描き方に対する批判も多かった。しかし、漫画を通して過酷な現実と向き合おうとした覚悟と、それを描いてしまった作家としての業の深さにこそ、本作の価値はあったと筆者は確信している。
全1巻の中に様々な要素が盛り込まれた『ルックバック』だが、押山監督はアニメ映画化する際に、原作漫画の魅力を再現した上で、アニメにしかできない表現に落とし込もうと試みている。
コマ割りという静止画の連なりによって、動きや時間の流れを読者に想像させる原作漫画に対し、アニメ映画では絵を動かし音を加えることによって、作品世界を再構築している。例えば藤野が雨の中で踊る場面は漫画では見開きの大ゴマによって一瞬のポーズと表情を写真のように切り抜いており、動きは読者の想像に委ねられていたが、アニメではしっかりと動かしている。新人賞の賞金で藤野と京本が街でショッピングをする姿も同様で、漫画が止め絵で行間を想像させようとしていた場面を、正面から動かして見せている。漫画表現と真摯に向き合い、アニメならではの映像に落とし込んでいったことが本作最大の魅力である。また、アニメならではの魅力と言えるのが、キャラクターに声を当てた声優の存在だ。
藤野の声は河合優実、京本の声は吉田美月喜が担当している。二人とも映画やドラマで活躍する女優で、声優は初めてだったが、河合と吉田の声が加わったことで、漫画では作者の分身に感じた藤野と京本が、自立したキャラクターとして実在感が増したように感じた。漫画の背後にいる作者こそが主役のように感じる原作漫画と比べると、アニメ映画は、藤野と京本の姿を丁寧に追いかけているという印象が強く、この作品は二人の物語なのだと改めて実感した。