『響け!ユーフォニアム3』はなぜ傑作になったのか “原作改変問題”を考える重要な一作に

『響け!ユーフォニアム3』で考える原作改変

黒江真由の描写、原作とアニメの違い

 この再オーディションをドラマのピークに持っていくために、京都アニメーションはさまざな改変を加えている。

 まず、キーパーソンである真由の登場のさせ方が異なる。原作では、転校生として久美子たちの教室に入ってくるのが初登場だが、アニメでは外で一人ユーフォを吹いていたり、屋上の渡り廊下で演奏しているというシーンを追加している。

 そして、重要な変更点は、北宇治吹奏楽部が全国金賞を目指すことを決議するシーンだ。原作ではこの決をとる時点で真由は吹奏楽部に入部しており、「全員の指先が、まっすぐに天を向いている」(前章P.94)と描写されているので、彼女も(周囲に合わせただけかもしれないが、理由はどうあれ)全国金賞の目標に同意している。アニメ版では、この決議は真由の入部前に行われるため、彼女の真意がどこにあるのか謎が強まっており、それが物語の推進力のひとつとなっている。

 真由が部活に対してどういうスタンスなのか謎なのは、原作とアニメともに同じだが、アニメは映像と音でヒントを出している。

 第8話「なやめるオスティナート」冒頭、合宿のためバスに乗り込む部員たちの中で、真由だけは真剣な表情でユーフォのソリパートの楽譜を見つめているカットがある。彼女も音楽に真剣であり、同時にソリを自分が吹いていいのかと悩んでいることをほのめかすカットだ。第1話で真由に演奏させるシーンを追加したことで、彼女が相当のユーフォ奏者であることを印象づけることに成功し、一人で外で吹くくらいにはユーフォに真剣なんだと想像させる。セリフでなく、音楽による描写として成立しており、再オーディションへの展開に説得力を与えている。

TVアニメ『響け!ユーフォニアム3』第八回「なやめるオスティナート」予告

 一方、原作では演奏している時の彼女はこのように描写される。久美子と二人でソリのパート練習をするシーンだ。

 真由の睫毛が震える。その瞳がきらめく。月光を浴びた夜の海面みたいに。チカチカと映り込む銀が、ただただ綺麗だった。そこにあったのは、純粋な喜びだった。(前章P.280)

 原作の真由は、部活は友達と楽しい時間を過ごすことが第一で、コンクールやオーディションの結果は二の次だという(後編P275)。これが本音とすれば、このシリーズがこれまでも問いかけてきた、部活へのスタンスの違いを原作は重視したということになるだろう。「音楽とは音を楽しむと書く」というテーマの再演とも言える。

 音の楽しみ方は一つではない。全国金賞を取れればきっと嬉しいが、それだけが音楽ではないということは、作中でもしばしば言及される。実際、音楽や映画のような表現に優劣をつけることは本来難しいことで、だからこそ、吹奏楽部を題材にして、そのことを描いた本作は優れていると言える。

 原作では、久美子はソリを勝ち取り全国金賞を手にするが、真剣にソリを真由と争いたいという久美子の気持ちは、どこか届き切っていないままに終わる。ある意味で、部長として掲げた「一人も取りこぼさない」ことには成功していないと言えるかもしれない。原作の結末にもある種の苦味があるのだ。アニメは別の苦味で勝負することを選択したが、どちらも異なる苦味を持つという点で、どちらも『響け!ユーフォニアム』らしいと筆者は思う。

許せない感情も大事

 原作からの大幅な変更によってドラマに濃密さを与えたことを絶賛する人もいれば、主人公がソリに選ばれなかった展開に憤っている人もいる。筆者はこの改変は見事だと考えているが、怒っている人にもその感情を大事にしてほしいとも思う。

 この展開を認められないと感じた人は、「悔しい」のだと思う。久美子たちの3年間を見てきた人なら誰だってそういう感情は抱く。そしてその感情は登場人物によっても代弁されている(主に久石奏が代弁している)。部員にも様々な反応があったように視聴者にも様々な反応があっていい。

 キャラクターの気持ちとシンクロできたことは物語に没入できていたということで、それはとても価値あることだ。でも、久美子のように「死ぬほど悔しい」気持ちと「これを誇れる自分でありたい」という気持ちは両立できるので、どちらの気持ちにフォーカスするのかでも心の持ちようは変わると思う。

 ただ、少なくともひとつ言えるのは、絶賛にせよ、批判にせよ、これだけ強い反応を呼び起こせること自体が優れた作品の証左でもあるということだ。平凡な作品なら、呆れられるだけだっただろう。

 原作者の武田綾乃が言うように、原作小説もアニメにも「努力は報われる、ただしそれは本人が望む形とは限らない(※)」ことが詰まった作品だった。原作者とアニメ制作陣の協力関係が良好で互いに刺激をしあえたからこそ、どちらも傑作になったのだと思う。「原作は原作、アニメはアニメ」と、それぞれの良さを認められることを誇りに思えるファンでありたいと思う。

参照
※ https://x.com/ayanotakeda/status/814175101084020736

■放送情報
『響け!ユーフォニアム3』
NHK Eテレにて、毎週日曜17:00〜放送
キャスト:黒沢ともよ、朝井彩加、豊田萌絵、安済知佳、戸松遥ほか
原作:武田綾乃
監督:石原立也
副監督:小川太一
シリーズ構成:花田十輝
キャラクターデザイン:池田晶子、池田和美
総作画監督:池田和美
楽器設定:髙橋博行
楽器作画監督:太田稔
美術監督:篠原睦雄
色彩設計:竹田明代
撮影監督:髙尾一也
3DCG監督:冨板紀宏
音響監督:鶴岡陽太
音楽:松田彬人
アニメーション制作:京都アニメーション
製作:『響け!』製作委員会
©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024
公式サイト:https://anime-eupho.com/

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