『クレオの夏休み』は監督の実体験から生まれた傑作 6歳の少女が初めて触れる“外の世界”

“誰もがストレスを感じない現場を作る”ということ

『クレオの夏休み』のポスターで紙飛行機を折るルイーズ・モーロワ=パンザニ

 そしてもうひとつ、本作が明確なオマージュを捧げている映画があると監督は言う。幼い頃からずっと、誰よりも身近にいた人物が、ある日突然、遠くに旅立ってしまう。その不条理さに戸惑い、ときには苛立ちもあらわにする幼い少女の姿を、ドキュメンタリーのように淡々と捉えた映画。かつて日本でも大ヒットを記録した、ジャック・ドワイヨン監督の映画『ポネット』(1996年)だ。

「『ポネット』は、私にとっても非常に大切な映画です。というのも、少女にスポットを当てた映画は当時すごく少なかったから。それこそ、フランソワ・トリュフォー監督の『大人は判ってくれない』(1959年)をはじめ、“少年”にスポットを当てた映画はたくさんあったと思うのですが、“少女”にスポットを当てた映画は、過去にもあまり例がなかったように思うんです。彼女の演技(5歳でヴェネチア国際映画祭の主演女優賞に輝いたヴィクトワール・ティヴィソル)には、とても感銘を受けたし、本作の演技のお手本にもしました。本作には、『ポネット』に対する明確なオマージュが込められているんです。あと、もうひとつ言うのであれば……実はジャック(・ドワイヨン)は、私がフェミス(La Femis/国立高等映像音響芸術学校)に通っていた頃の恩師のひとりで、彼の授業で私は初めて『ポネット』を観たんです(笑)」

 ともすればドキュメンタリー映画のように、カメラの前で自然なふるまいを見せる子どもたち。アマシュケリ監督は、「テイクを重ねることよりも、まずは現場の雰囲気をしっかりと作って、楽しく撮影することに重点を置きました」と語る。彼女の監督としての手腕は、そんな「場所づくり」の部分でも、大いに発揮されているようだ。

「監督の仕事の大半は、キャスティングに掛かっているようなところがあると思います。今回の場合は、まず的確な子役を選ぶことです。ただ、そのあと重要になってくるのは、彼女たちが活き活きと芝居ができるような、楽しい環境を作ることでした。そういった場所を作れば、あとはもう、自然と子どもたちが芝居をしてくれる。台詞だったり、監督の意図だったり、そういった細かいところは、全部そのあとからついてくるように思うんです。そういう意味で、“場所づくり”というのは、今の時代の映画監督にとって、本当に大事なことだと思います。誰もがストレスを感じないような現場を作ること。もちろん、それは昔から監督に求められている仕事のひとつだと思うのですが、今は技術的にそれが可能になってきているようなところもあるんです。フィルムで撮影している頃は難しかったことが、すべてがデジタルとなった今はできるようになっている。実際、今回のチームはすごく少人数で……実は10人ぐらいのチームで撮影したんです。しかも、そのほとんどが女性でした」

マリー・アマシュケリ監督の前では終始リラックスした表情のルイーズ・モーロワ=パンザニ

 とはいえ、「楽しさ」だけでは終わらないところが、本作の肝なのだろう。愛するグロリアとの再会に歓喜したのも束の間、「クレオール語」というクレオには耳馴染みのない言葉で会話するカーボベルデの人々。そして、なぜかクレオに冷たく接するグロリアの末子・セザールとその仲間たち。クレオは自分以外の「世界」があることに、だんだんと気づいてゆき……やがて、葛藤してゆくのだった。クレオのおぼろげな記憶や心象風景――病気で亡くなった母親の記憶や夢の中の風景を、回想シーンではなく、絵画のようなタッチのアニメーションで描くなど、その随所に大胆な手法も用いて描き出される本作で、監督が最終的に伝えたかったことは、果たして何なのだろうか?

「私がこの映画で描きたかったことは、フランス人が普段あまり語りたがらないことなんです。それをあえて深掘りして、みなさんに観てもらうことが、私の狙いのひとつでした。“語りたがらないこと”――それは、過去の植民地政策によって生まれた、さまざまな“格差”の問題です。かつて植民地にした国には現在も、出稼ぎのためにフランスに渡らなければならない女性たちがたくさんいます。彼女たちは、自国に自分の子どもを置いて、フランスに働きにこなければならないのです。そういった女性たちの心情はもちろん、自国に残された彼女たちの子どもたちの心情も、またとても複雑です。そういったことを、私はこの映画で前面に出したかったのです。そしてもうひとつ、私がこの映画で描きたかったのは、実際の親子ではない者同士の愛情です。それは実際、私たちの身の回りにもあるものだし、その当事者たちにとってそれは、とても大切なものであるにもかかわらず、これまで映画などでは、あまり描かれることがないものでした。私は本作で、それを描いてみたかったのです」

 監督の話を聞いて思い出したのは、2018年の第71回カンヌ国際映画祭の授賞式の冒頭のスピーチで、審査委員長を務めたケイト・ブランシェットが語った「インビジブル・ピープル」という言葉だった。「その存在に光を当てることが、今回の映画祭の大きなテーマだった」と(ちなみにこの年、最高賞である「パルムドール」に選出されたのは、是枝裕和監督の映画『万引き家族』だった)。実際はずっとそこにいるにもかかわらず、私たちが普段見ようとしなかったこと。あるいは、社会によって透明化されてきたもの。さらには、その内面にある、これまで描かれてこなかったけれど、確かに身に覚えのある「感情」や「関係性」を、映画を通じて「可視化」してみせること。本作『クレオの夏休み』の根底には、そんなテーマと監督の「思い」が込められているのだ。

■公開情報
『クレオの夏休み』
7月12日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamura ル・シネマ 渋谷宮下ほか全国公開
出演:ルイーズ・モーロワ=パンザニ、イルサ・モレノ・ゼーゴ
監督:マリー・アマシュケリ
製作:Lilies Films
配給:トランスフォーマー
2023 年/フランス/フランス語、カーボベルデ・クレオール語/83分/カラー/1.42:1/5.1ch/原題:Àma Gloria/日本語字幕:星加久実
©︎2023 LILIES FILMS
公式サイト:https://transformer.co.jp/m/cleo/
公式X(旧Twitter):@cleo_movie

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