『虎に翼』を“朝ドラ”として“私たちの物語”にした尾野真千子の語り 多声音楽のような世界

『虎に翼』“私たちの物語”にした尾野真千子

 主人公だからといって寅子が正しく清廉潔白ではないし、といって優三やよねや穂高の言い分が正しいわけでもない。みんな一長一短だ。穂高は教養があり思索的で先見性もあるように見えながら、一方でのらくらして、やや体制に依っているように見えるし、よねは正論を言っているようだが口が悪いし、頑なに世間体を考え譲歩して男装をやめるという考えを持つことはない。優三はいくら寅子が好きとはいってもあまりにも他人に奉仕し過ぎている。

 寅子も含め、いろいろな人がそれぞれの意見を言うが、容易にそれぞれの意見にそれもそうだと同調することはなく、それぞれの考えは平行しながら、時の流れを進んでいく。川を無数の小舟が渡っていくように。おそらく、様々な意見が寅子に少しずつ影響を与えているのだとは思う。その影響みたいなものはこれから見られるのではないだろうか。なにしろまだ第8週なのだ。全部で24週くらいあるはずの全編のわずか3分1である。通常の朝ドラでいったら、第5週あたりで、ヒロインが地元から東京に向かう自立のはじまりで、第8週あたりは新生活のなかでのもろもろが描かれているところだろう。子供時代がなかった分、主人公の行動が前倒しになっているのだと思う。

 戦争に関しても、戦争と出産が駆け足で進行し、来週には戦争が終わっていそうな勢いだ。直道(上川周作)や優三の出征は悲しみを伴ったが、戦争がいかに当時の人たちの当たり前の日常を脅かしていたか、改めて描くまでもないのかもしれない。

 『虎に翼』の本当の物語は、この先ーー戦後、法律が大きく変わるところからはじまるのではないか。いったんは弁護士を辞めてしまった寅子だが、彼女の戦いはこれからなのだ、きっと。結婚という制度に懐疑的だった彼女が、優三の誠実さに触れて心が軟化し、彼と子供を作ってもいいと思えるようにまでなったように、これから寅子は無数の人々の声に耳を傾けていくのだろう。

 そのとき、優三が寅子に語った、「人はいい面もあれば悪い面があって、守りたいものがそれぞれ違う。だから法律があると思う」という言葉が生きてくるだろう。

 それにつけても、あらゆる面で申し分のない夫・優三が出征してしまったことが惜しまれる。

参照
※ https://bunshun.jp/articles/-/70764

■放送情報
NHK連続テレビ小説『虎に翼』
総合:毎週月曜~金曜8:00~8:15、(再放送)毎週月曜~金曜12:45~13:00
BSプレミアム:毎週月曜~金曜7:30~7:45、(再放送)毎週土曜8:15~9:30
BS4K:毎週月曜~金曜7:30~7:45、(再放送)毎週土曜10:15~11:30
出演:伊藤沙莉、石田ゆり子、岡部たかし、仲野太賀、森田望智、上川周作、土居志央梨、桜井ユキ、平岩紙、ハ・ヨンス、岩田剛典、戸塚純貴、松山ケンイチ、小林薫
作:吉田恵里香
語り:尾野真千子
音楽:森優太
主題歌:米津玄師「さよーならまたいつか!」
法律考証:村上一博
制作統括:尾崎裕和
プロデューサー:石澤かおる
取材:清永聡
演出:梛川善郎、安藤大佑、橋本万葉ほか
写真提供=NHK

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