ジョン・シナの魅力爆発 コメディだけではない『俺らのマブダチ リッキー・スタニッキー』
面白いのは、ジョン・シナ演じるロックがニッキーを演じる過程で、虚像だったはずの存在が本物らしくなってくるという点だ。ニッキーという新たな自分を発見したロックは、自分の役に固執し始めることになる。それは、「メソッド演技」と呼ばれる、演じるキャラクターそのものになりきることで迫真の演技を体得するというやり方にも似ている。
同時にそれは、あるポストを与えられることで、人間そのものが変化するという傾向を示してもいるのではないか。サイレント期の巨匠F・W・ムルナウ監督は、『最後の人』(1924年)という映画作品で、高級ホテルの顔であるドアマンであることに誇りを持っている主人公が、年をとり過ぎたという理由で、立派な制服を奪われて裏方の仕事に回されるという展開を描いている。自信に満ち溢れていた主人公は途端に元気がなくなり、失意のなかで弱っていく一方だ。
『最後の人』の主人公の天職が高級ホテルのドアマンだったように、ロック・ハード・ロッドの天職はリッキー・スタニッキーだったのだろう。ロックはリッキーになりきることで、自分の能力を十分に発揮できる機会を与えられたのだ。
この段階になって、本作は社会的なテーマを獲得していく。それは、多くの人が自分に相応しいポストを得ていないことで、なかなか能力を発揮できない状況にあるということだ。人は環境の違いによって、誰よりも輝ける存在になれるし、軽蔑されるような飲んだくれにもなってしまうのである。
芸能界やアスリートのように、成功の夢を持った人々が、セカンドキャリアに失敗したことで、生活が荒れるなど、厳しい状態に追い込まれることは少なくない。やぶれかぶれになって犯罪に走る人が増えていけば、社会もまたダメージを受けていく。多くの人が幸せに生きられる環境づくりや、お互いがお互いをリスペクトし、新たな挑戦やセカンドキャリアを応援し合う社会を作ることができれば、この世の中はもっと良い場所になっていくのではないか。
本作『俺らのマブダチ リッキー・スタニッキー』は、コメディ描写の連続とともに理想のリッキーへとなっていくロックの姿を通すことで、多くの人にチャンスを与える寛容な精神をこそ、いまの社会には必要だというメッセージに到達していると考えられるのだ。そして、魅力に溢れるジョン・シナだからこそ、輝く存在の象徴となる人物リッキー・スタニッキーになりきることができたと感じられるのである。
■公開情報
『俺らのマブダチ リッキー・スタニッキー』
Prime Video にて独占配信中
監督・脚本:ピーター・ファレリー
出演:ザック・エフロン、ジョン・シナ、アンドリュー・サンティーノ、ジャーメイン・ファウラー、ウィリアム・H・メイシー
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