『舟を編む』ドラマ版だからこそ描けるもの “言葉をめぐる冒険”はいつまでも続いていく

 言葉尻だけを拾い、揚げ足を取り、言葉を軽薄で短絡的な武器として扱いがちになった現代において、こうしたニュートラルな視点、すなわち辞書編集の過程にある“言葉をめぐる冒険”は必要不可欠な描写であるといえよう。その際に馬締が岸辺に言う、「上手くなくていいです、それでも言葉にしてください。今あなたのなかに灯っているのは、あなたが言葉にしてくれないと消えてしまう光なんです」という台詞も然り。言葉は人を救い、傷つけ、勇気づけ、良くも悪くもあらゆる可能性を持っている。至極当然でありながら誰もが見失いがちなものを、この物語は教え続ける。

 岸辺という、辞書とは縁遠い生き方をしてきた人間が、少々特殊な辞書づくりという仕事を通して辞書に触れ、ふだん当たり前の世に使っていた言葉を改めて考え学んでいく機会を得ていく成長の過程は、いわゆる“お仕事ドラマ”という馴染み深いドラマジャンルに合致するともいえる。2時間まとめて観られる映画とは異なる連続ドラマとしてのアプローチをするうえで、そうした“馴染みやすさ”“取っ付きやすさ”というのは大事なファクターであろう。しかしこのドラマがそうした脚色を選んだ理由はそれだけではないはずだ。畑違いの仕事をしてきた人物の視点から、すなわち辞書に対するモチベーションが視聴者の大多数と同じ人物の視点からこの“言葉をめぐる冒険”を辿ること。それが最大の目的、つまり前段で触れた言葉の可能性を提示する最善の策というわけだ。

 また、原作や映画版では“現在”のひとつとして描写されてきた馬締と西岡の関わり合いや、辞書編集作業の序盤の出来事、もちろん伝説的な馬締の“恋文”の一連などは、ある種の思い出話として語られていく。現在という一地点から過去を過去として触れ、未来を考える。それは言葉というものが過去から現在を経て未来へ向かう一方通行のものではなく、もっとフレキシブルなものであると示しているかのようにも思える。“言葉は生き物である”ということを示した『舟を編む』という物語が、こうして新たなテレビドラマとなったことで示すのは、言葉によって紡がれた物語もまた生き物であるということに他ならない。

■放送情報
プレミアムドラマ『舟を編む ~私、辞書つくります~』
NHK BS・NHK BSプレミアム4Kにて、毎週日曜22:00~22:49放送
出演:池田エライザ、野田洋次郎、矢本悠馬、美村里江、渡辺真起子、前田旺志郎、岩松了、向井理、柴田恭兵ほか
原作:三浦しをん『舟を編む』
脚本:蛭田直美
音楽:Face 2 fake
演出:塚本連平、麻生学ほか
制作統括:高明希(AX-ON)、訓覇圭(NHK)
プロデューサー:岡宅真由美(アバンズゲート)、西紀州(AX-ON)
写真提供=NHK

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