キーワードは“恋愛”よりも“どう生きるか” 2023年ドラマ評論家座談会【前編】

藤原奈緒が選んだ作品

『いちばんすきな花』『セクシー田中さん』など、“いま”を見つめる秋ドラマ4選

10月期ドラマもいよいよ大詰めである。しかし今期ほどバラエティに富んだ良作揃いもそうそうないのではないだろうか。早くも最終回を迎…

『ブラッシュアップライフ』

『こっち向いてよ向井くん』

『今夜すき焼きだよ』

『らんまん』

『いちげき』

藤原:私は普段、本屋で働いていて、その後ドラマを観ているというのもあって、こちら側の日常とどこか地続きのような作品を求めてしまう傾向にあるような気がします。『ブラッシュアップライフ』はまさにそんな作品で、麻美(安藤サクラ)が人生を何度も繰り返す上で、職業も変わっていくのですが、その一つ一つの仕事ぶりの描写が緻密で、休憩時間の会話がすごくリアルなところとか、日常の切り取り方が素晴らしくて。そういう「日常あるある」のその先に、彼女たちの大好きなテレビドラマのように壮大な「世界を救う」物語が広がっているという構造が衝撃的でした。『こっち向いてよ向井くん』(日本テレビ系)と『今夜すき焼きだよ』(テレビ東京系)、あとは『セクシー田中さん』(日本テレビ系)は 世代的なこともあると思うのですが、まず、共感する部分が多かったです。3作品とも、既存の恋愛観・結婚観に縛られず、自分の人生や思いを何より大切にしながら生きていく方法を模索する物語として描かれていて、なおかつ、誰かと、社会と繋がっていくことの大切さも描いていたように思います。『こっち向いてよ向井くん』は、女性たちの方が少し前を歩いていて、男性や世代の上の人々は戸惑い気味に彼女たちを見ている感じが興味深かったです。『今夜すき焼きだよ』は、すごく丁寧に、登場人物それぞれの生きづらさに寄り添っていたドラマで、心に残りました。『セクシー田中さん』は、男女間、世代間の対立、もしくは自分で自分に呪いをかけてしまわずにはいられなくなる社会構造それ自体を越えて、本質を見つめることの重要性を描いているという点で面白かったです。

成馬:『こっち向いてよ向井くん』は僕は途中で挫折してしまって。主人公の向井くん(赤楚衛二)の恋愛における判断が常にジャッジされる物語構造にゲーム的な面白さがあったのは理解できるのですが、男性としての自分が責められている感じがして、苦しかった。

藤原:私は向井くん側の視点ではあまり観ることができていなかったかもしれません。きっと本来の魅力である「ゲーム的な面白さ」もあまり理解できていなくて、登場する女性たちの抱えている恋愛や結婚、生き方に関する悩みの描き方が、現代の20、30代の女性を描く上で、すごく切実で、リアルなものに感じて、共感せずにはいられなかった部分があります。

成馬:『源氏物語』みたいですね。向井くんが光源氏で。

ーー藤原さんが選ばれた作品を観ていると、ドラマにおける恋愛の描き方が変わってきているなぁと思いますね。

木俣: 最近の恋愛ドラマは、誰が勝者で誰が敗者じゃないというか、誰も悪者にならないように、こっちにはこっちの言い分があるみたいな描き方がされていて、それがすごく現代的なんだろうなぁと感じています。恋愛ドラマって、結局一人が勝者になる感じじゃないですか。ヒロインが誰と結ばれるかという物語が真ん中にあって、当て馬やライバルがいるっていう感じでしたけど、最近はそうではなくて、登場人物全員にそれぞれの生き方があるという描き方になっている。そういう「お互いに傷つけ合わずに仲良くしましょう」っていうふんわりとした傾向のドラマがある一方で、私が挙げた『犬神家の一族』のような「社会の闇に目をつぶってはいけません」っていうドラマもあって、多様性に対する配慮と社会悪を許さないという正義感を描いたドラマが今は話題になるのかなと思います。

藤原:恋愛ドラマというと『あなたがしてくれなくても』(フジテレビ系)とか『初恋、ざらり』(テレビ東京系)に触れたくなってしまう部分もありつつ、私が選んだ作品に限って言えばなんですけど、どちらかというと「恋愛までの過程」を作品の中に丹念に描き込んではいる要素はあるものの、恋愛が主軸ではないんですよね。むしろ「これからどう生きていく?」という問いの前にたくさんの選択肢があって、そのうちの一つに恋愛がある人もいるし、ない人もいるというか。また、最近のドラマの中に、『らんまん』における大畑印刷所の娘さんの佳代(田村芽実)や、『わたしのお嫁くん』(フジテレビ系)における赤嶺麗奈(仁村紗和)、『セクシー田中さん』における朱里(生見愛瑠)のような、ヒロインを「推す」人物が登場していて、いわゆる「恋のライバル」とは違った物語の動かし方をするというのも、興味深い傾向だなと感じています。特に『セクシー田中さん』における朱里の姿は、心の内にある葛藤含め、より深く「誰かを推す」という行動の原理に迫っているような気がして、印象的でした。

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