『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』に込められた思想 現実問題を描いた驚きの内容

『ウォンカ』現実問題を描いた驚きの内容に

 閉鎖的な格差社会で損をするのは、弱者ばかりではない。本作で表現されている通り、街の中流の人々は、ウォンカのチョコレートという、安価で優れた品質のお菓子があるにもかかわらず、高額なチョコレートしか手に入らない状況に追い込まれている。これは、競争をするべき代表的な企業が裏で繋がり、業界の利益を独占しているからでもある。だからこそ、そんな状況を変え得るウォンカを、既得権益層はあらゆる手段で潰しにかかるということだ。

 人々を幸せにするためにチョコレートを作る若者の夢が潰され、利益にしか興味のない者たちばかりが生き残っていく……そんな社会は、ごく一部の者たちしか得をしないディストピアだといえよう。そしてわれわれもまた、そんなディストピアのなかにいるのではないかということが、本作では暗示されているのである。

 貴族や聖職者など特権階級が、庶民の上に乗っかっているフランスの風刺画を、社会科の教科書で見た人は多いはずだ。この、既得権益層によって雇用されている者たちが押しつぶされている、フランス革命前の社会を戯画化した構図は、まさに本作が表現したものに近いといえる。

 世界的なベストセラーとなった、フランスの経済学者トマ・ピケティの経済書『21世紀の資本』は、このまま現在の世界経済が推移すると、18世紀フランスを含めたヨーロッパのように一握りの貴族と奴隷労働に等しい平民によって構成される、極端な格差社会に陥ってしまうと、警鐘を鳴らしている。

 本作のチョコレート・カルテルが共有する、大聖堂の下に隠されたチョコレートのプールは、独占された富の象徴でもある。日本でも、政治と企業との癒着の結果としての「大企業優遇政策」によって得た利益を、一部の企業がプールし続ける「内部留保」が問題となっている。利益が流動化せず溜め込まれていくことで経済は停滞し、不況の要因となるのである。

 そんな社会に対抗するウォンカは、母親の教えに従い、チョコレートをできるだけ多くの人々に分け与えようとする。利益を分け合うことで社会は活気を取り戻し、より多くの人々がさらなる利益を生み出し、チャンスや夢が叶えやすい社会となるというメッセージが、ここに託されている。貧しい少女ヌードル(ケイラ・レーン)が、不当な権益の打倒によって、幼い頃からの夢を実現させるシーンも、それを裏付けるものとなっている。

 ウォンカがチョコレートを分け与える姿は、2005年版『チャーリーとチョコレート工場』で、誕生日のプレゼントである板チョコを貧しい家族に分け与えるチャーリーの姿に重ね合わせている。このシーンがあることで、後にウォンカがチャーリーに志を託す理由が明確になっているのである。

 このように本作は、楽しい夢のような奇跡を描きながら、現実の社会の問題点を驚くほどに言い当てている。そしてこの後に急成長していくだろう、ラストで姿を見せた「チョコレート工場」には、利益を分配し、幸福を共有する社会こそが繁栄し、長く続くという理念を投影している。

 これまでの映画版とは趣きが異なる点も多いが、先日Netflixで配信された、ウェス・アンダーソン監督による、同じくロアルド・ダール原作の『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』は、親からの莫大な財産を相続し、ギャンブルでいかに稼ぐかということしか考えない自分勝手な男が、悟りを得て自分の利益を分け与えるようになる過程が描かれている。そのような点を踏まえると、本作『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』は、ロアルド・ダールとの精神的な結びつきが強い一作だともいえるだろう。

■公開情報
『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』
全国公開中
出演:ティモシー・シャラメ、ヒュー・グラント、オリヴィア・コールマン、サリー・ホーキンス、ローワン・アトキンソン
監督・脚本:ポール・キング
製作:デヴィッド・ヘイマン
原案:ロアルド・ダール
配給:ワーナー・ブラザース映画
©2023 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.
公式サイト:wonka-chocolate.jp
公式X(旧Twitter):@WonkaMovie_jp
公式Instagram:@wonkamovie_jp

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