デヴィッド・フィンチャー監督『ザ・キラー』を徹底考察 ラストシーンは何を意味する?

 そのように考えると、本作が描きたかったものが一気に理解できるようになってくる。キラーのモノローグから分かる、彼の仕事の興味深いところは、正義や悪という概念にこだわらず、淡々と業務としてこなしていくことが、殺しの仕事を続けていくコツであるということだ。自身の業務が、世の中を大きく変えるようなものだとは考えずに、あくまでビジネスとして複数のターゲットを殺害していき、十分な報酬を手に入れたタイミングで引退して、リゾート地でそれなりに裕福な余生を過ごすのが、基本的な彼の目的なのである。

 それはよく考えてみると、アメリカにおいて多くのビジネスパーソンが目的にしている人生設計と酷似しているはずである。若く身体が丈夫な時代にがむしゃらに働き、独立してめざましい成果を達成すると、その権利を売却して引退を決め込み、遊んで暮らすのが万人の理想だ。ということは、リスクが高い重罪を犯しているという点を除けば、殺し屋の仕事もまた経済活動の一つであり、本人のなかで将来の理想が存在するというのは当然だといえよう。キラーはモノローグで、「私は多数のうちの一人」だと述べてもいる。つまり本作は、多くの人にも共通する、普遍的な仕事や労働をテーマにした物語だととらえられる。では、そこで何を描いたというのだろうか。

 その鍵を握っているのが、ティルダ・スウィントンが演じている殺し屋だ。彼女はキラーに追いつめられて窮地に立たされることになるが、そこで熊とハンターの男が登場する奇妙な例え話をする。ハンターは何度も山に入って熊に銃を向けるが、その度に狩りを失敗し、熊に毎回性的な辱めを受けることになる。そしてついに、熊に「お前の目的は狩りではないんだろう」と言われてしまうというのが、話のオチだ。

 この話は、キラーの行動の不可解さを例えた物語となっている。彼は効率を重視して行動しているとモノローグでは述べているが、実際には目的から外れたこともやっているのだ。彼の望みはそもそも、金を得て恋人と一緒に海外で裕福な生活を送ることだ。それならば、金にならないリスクの高い殺しは避けるべきであり、殺しをするにしても確実な方法をとった方がよい。しかし、ティルダ・スウィントンが演じる殺し屋にわざわざ挨拶をしていることを含め、本作での彼の動きは、モノローグで語っているポリシーと矛盾する部分が少なくないのだ。

 その事実を踏まえると、彼は決して冷徹な理想の殺し屋とは遠い、感情に大きく左右される一般的な人物であり、じつは殺人という罪に悩みながら葛藤を続けてもいる、人間味のある存在だということが分かってくるのである。

 例え話のハンターが、当初は熊を殺して利益を得ることを目的だと考えながら、その過程で起きることの方が、むしろ主たる目的にすり替わってしまうように、労働というものは、報酬を得ることの他に、付随する魅力が存在していることも確かなのである。考えてみればキラーは、滔々と述べるモノローグの内容から、殺しの仕事そのものに美学を感じていたり、そこで感じる不便さやトラブルが起きてしまうことにすら一種の快楽を得ていたフシがあると感じられる。

 仕事にのめり込むと、そこで得られる達成感や、自分の自信や存在価値の方が、いつしか報酬よりも大事なものになっていることが少なくない。たとえ無償だとしても、一生仕事をしていたいという人もいるはずである。それは決して潔く、かっこいい姿ではないかもしれない。仕事なんて金のためだと割り切って淡々とこなし、スパッと引退できた方が、少なくともキラーにとってクールな仕事人だといえるのだろう。しかしキラーは、自分がじつはそういう種類の人物ではないことを認識するに至ることになる。

 それがはっきりと分かるのはラストシーンだ。目的を果たしたと考えられるキラーは、安全で快適な環境に恵まれ、あたたかな陽光に包まれながら、穏やかな表情を浮かべている。しかし、エンドクレジットが始まる瞬間、その顔にはストレスを感じさせる痙攣が起こるのだ。つまりキラーは、むしろ冒頭で登場したような、暗く寒い廃墟で、いつ来るかも分からないターゲットを待って、とりとめなく思考を巡らせている間こそが、人生を本当に生きていると感じられる、充実した幸せな時間だったのだと考えられる。

 このラストシーンは、安らぎの時間よりも仕事を愛し、厳しいストレスにさらされながら目的達成を目指すことに最大の幸せを感じられる、「ワーカーホリック」と呼ばれるような人々にとって、非常に納得できるものなのではないか。『セブン』という作品の内容が、じつはモーガン・フリーマン演じる、厭世観にとらわれたベテラン刑事が、凄惨な連続殺人の捜査のなかで、むしろ生きる希望を取り戻していく内容でもあったことを考えると、その物語を創造したアンドリュー・ケヴィン・ウォーカーが本作の脚本を務めていることに、納得がいくのである。

■配信・公開情報
Netflix映画『ザ・キラー』
Netflixにて独占配信中
一部劇場にて公開中
監督:デヴィッド・フィンチャー
出演:マイケル・ファスベンダー、ティルダ・スウィントン

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