『極限境界線』は“自己責任”の社会に警鐘を鳴らす 『愛の不時着』ヒョンビンの新境地も

自己責任論に警鐘を鳴らす『極限境界線』

 2004年、外務省による渡航自粛勧告のさなかにイラクへ入国した3人の日本人が武装勢力により拉致され、自衛隊の撤退などを交換条件に人質として拘束された。「テロに屈しない」という当時の日本政府の強硬姿勢を打ち出すと同時に、閣僚たちは「政府の避難勧告を無視して危険地域に入国した者が悪い。すべて自分で責任を負うべきで、国に助けを求めるのは筋違いだ」という言説を展開した。3人はその後突如解放されたが、帰国後も彼らは社会からの激しいバッシングにさらされた。以来、長く日本にはびこることになる“自己責任論”の空気が醸成された瞬間である。

 イム・スルレ監督の新作『極限境界線 救出までの18日間』が基にしているセンムル教会拉致事件とその顛末は、このイラク日本人人質事件に驚くほど似ている。2007年、短期の宣教活動のため、当時韓国政府から渡航自制を求められていたアフガニスタンに23人の韓国人プロテスタント系信者が入国。その後、武装グループ・タリバンに誘拐された。韓国軍の現地撤退やアフガニスタン刑務所に収容された捕虜の解放を要求するタリバンと韓国政府の交渉は難航し、悲劇的にも2人の命が奪われてしまう。生存者の救助後は「自ら招いた結果のために政府が苦労した」と、やはり人質に対する国民の世論はとても冷ややかだったという。こうした批判的な眼差しは、時が経っても変わっていないそうだ。

『極限境界線 救出までの18日間』日本版予告編

 「信者たちが渡航自制の国を訪問したという部分にあまりにもフォーカスを合わせると、映画が余計な他の論争に行きそうだったので、なるべく映画自体に集中できる内容で構成しようと努力した」と、国家が国民を守るために奔走する姿に焦点を当てたことをイム・スルレ監督は明かす(※1)。センセーショナリズムに軸足を置かず、出来事にある人間の息づかいをひたむきにすくい取ろうとするあたりがイム・スルレ監督らしい。韓国で実際に起きたES細胞捏造事件をベースに、事件をめぐる人々の思惑と信念をめぐる実録サスペンス『提報者~ES細胞捏造事件~』(2015年)を完成させた彼女ならではの手腕と言えよう。

 イム・スルレ監督の映画の核はエモーションだ。だからこそ、互いが別の方向へ進むような、相反するエネルギーを持つ俳優の相乗効果が必要だった。事件を忠実に再現したこの映画で、韓国政府の命を受けてタリバンとの交渉に乗り込んできた外務省職員ジェホにファン・ジョンミンが扮し、現地で彼をコーディネートする国家情報院(NIS)の要員デシクをヒョンビンが演じる。

 ファン・ジョンミンとイム・スルレ監督は、互いの出世作である『ワイキキ・ブラザーズ』(2001年)から約20年ぶりのタッグとなった。ストーリーとシーンのすべてを掌握してしまうほどの濃厚なキャラクター造形に定評のある彼が、本作のようなブロックバスター映画に起用されることに疑問の余地はないが、イム・スルレ監督が望んだのは「私の頭の中を超える俳優」だ(※2)。彼女がイメージしていたジェホは、もっと落ち着いた人物だったという。しかしファン・ジョンミンによって、よりエネルギッシュで厚みのあるキャラクターとして完成したのだった。

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