『極限境界線』は“自己責任”の社会に警鐘を鳴らす 『愛の不時着』ヒョンビンの新境地も

自己責任論に警鐘を鳴らす『極限境界線』

 そして、ヒョンビンが作り上げたデシクという人物に意表を突かれる。『愛の不時着』(2019年)の品のあるロマンティックな将校とも、『コンフィデンシャル』シリーズでのスタイリッシュな特殊捜査員ともまた違う、もっと孤独な表情を見せる。ジェホが活動的に進むなら、デシクは抑制的でいながらもしっかり手綱を握っているような姿である。ジェホが「テロリストと直接交渉はしない」という原則に従う論理的なネゴシエーターであるのに対し、中東を知り尽くし勘で動くデシクはアウトサイダーだ。人命救助というゴールは同じでも、スタンスの違う二人は、あたかも“交渉”を繰り広げているように衝突する。ヒョンビンがアグレッシブなファン・ジョンミンを受け止める演技をすることで、よりスリリングな関係が構築されるのだ。

 避難した韓国人を何としても安全に救出するための二人の闘いは全くスマートではない。序盤、ジェホはアフガニスタン到着早々に爆弾テロに遭い、彼同様に映画の観客も出鼻を挫かれた感覚に陥る。ストーリーが展開してもジェホとデシクは失敗の連続で、典型的なヒロイズムからは遠い。ひたすら失敗と交渉を繰り返す二人に視点を合わせることで、ドラマはより生身の力を持つ。二人の愚直なさまはしかし、ドラマを力強く駆動していく。政府が国民を守る責任の重要性と正当性を改めて訴えてくるのだ。

 10月7日、パレスチナ暫定自治区のガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスが突如、イスラエルへの攻撃を開始した。イスラエル側も激しい空爆で応酬するなど戦闘が続く中、イスラエルから邦人が避難するためのチャーター便が1人につき3万円を課せられていることに対し、SNSを中心に議論が起きている。戦争状態の国から自国民を避難させるのに代金を徴収するのは「政府による自己責任論の再燃だ」という批判もあれば、「イスラエルでの滞在は自己都合なのだから当然」という意見もみられる。だが、国家が国民を守るという基本的な責任を放棄し、「自己責任」が浸透していく冷たい社会がどこへ向かうかは想像に難くない。19年前の苦い記憶が今も残る私たちの目に、ジェホとデシクの孤独な闘いや葛藤はどう映るのだろうか。

参照

※1. https://news.nate.com/view/20230116n18333
※2. https://www.mk.co.kr/star/movies/view/2023/01/51994/

■公開情報
『極限境界線 救出までの18日間』
10月20日(金)より、TOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国ロードショー
監督:イム・スルレ
出演:ファン・ジョンミン、ヒョンビン、カン・ギヨン
配給:ギャガ
英題:The Point Men/109分/韓国/カラー/シネスコ/5.1CHデジタル/字幕翻訳:根本理恵/PG12
©︎2023 PLUS M ENTERTAINMENT, WATERMELON PICTURES, ALL RIGHTS RESERVED.

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