吉浦康裕監督が考えるAIと人間の共存 『アイの歌声を聴かせて』制作後に心境の変化も

『アイの歌声を聴かせて』はギリギリのタイミングだった

『アイの歌声を聴かせて』©吉浦康裕・BNArts/アイ歌製作委員会

――『アイの歌声を聴かせて』は、きわめて日常的な光景に、ロボットやAIが導入されている世界観です。まさにこれから現実の社会はそうなっていくのだろうと思わせます。

吉浦:つくばの人工知能に関連した施設に勉強しにも行きましたし、インフラなどにAIが試験的に導入されたらこうなるだろうなと、SFと日常感の両方に軸足を置いています。例えば、バスの自動運転もAI制御専用のバスはまだ開発されておらず、既存のバスに後付けでAIをくっつける方がリアルだなとか、その辺りは結構を気を使ったところです。人型ロボットAIも開発はできているけど、一般家庭が受け入れるにはまだ心理的抵抗がある、という段階に設定していて、企業はなんとか親しみを持ってもらおうと学校に貸し出したり、田植えをやらせてみたりしてアピールしている段階なんです。

――『アイの歌声を聴かせて』の公開は2021年でしたが、当時、吉浦監督は「AIという題材をメジャー感を持ってやれる時代になった」と発言されています。2023年現在、AIの普及はさらに加速していますが、今はさらに作りやすくなったのでしょうか? それとも逆でしょうか?

吉浦:『アイの歌声を聴かせて』は、2017年くらいから企画を考えはじめました。今思うと、ギリギリのタイミングでした。最近の生成AIの発展を知った上で企画を立てたら全然違う作品になると思います。『アイの歌声を聴かせて』を作っていたころは、AIが自発的に作曲したりなんていうのは、どこか自分の中でもまだファンタジーだったんですけど、今は現実になってきていますよね。今あのプロットを書くと、「シオンが歌っている曲は誰の作品を学習したんだろう」とか想像しちゃいますよね。

――確かに、本作を観る側も、2021年当時とは違う感想を持ちそうです。

吉浦:「AIという題材にメジャー感が」と発言した当時は、AIが身近になってきたけど、創作の世界でそこまで脅威を感じなかった時期でした。今は前提が変わってきているので、ある意味、AIを題材にした企画を立てにくくなっているかもしれません。今はAIが良いものか悪いものかという議論を含めて、今後どういう方向に進むのか不透明な時期で、法整備も追いつかない。「便利だからどんどん使うべき」と言う人もいれば、危険だと感じる人もいる。しかも、この状況が1年後どころか1週間後にどうなってるかもわからないですから。

――アニメーション映画は制作に2〜3年かかるのは当たり前ですし、今企画を立てても公開時に陳腐化する可能性もありますね。

吉浦:AIについては特にそうですよね。今、AIを題材にした作品を仮にやるとすれば、楽観的な、ユートピア的な描き方はできないかもしれないです。もっと技術に対する複雑な想いが入り組んで、悩みや葛藤をより多く描くことになると思います。でも、答えが見いだせないので、今作るのはやっぱり正直難しいですね。

――創作とAIの関係も盛んに議論されています。吉浦監督の『イヴの時間』では、ロボットピアニストに演奏で負けた主人公がショックでピアノを辞めたというエピソードがありますね。

吉浦:あれを作った当時は今とは真逆で、むしろ古典的なSFをもう一度やろうというくらいの気持ちでした。実際、未来を見越した作品というより、アシモフや手塚治虫のような古典的SF作品のようだという感想も多かったです。曲を再現したり、ピアノを弾いたりするのはAIが得意な分野で、譜面通りに弾くだけじゃなく、どんな揺らぎを与えれば人間の演奏のように感じるかも学習できるだろうと、当時から思っていました。

『アイの歌声を聴かせて』©吉浦康裕・BNArts/アイ歌製作委員会

――アシモフや手塚治虫の時代のSFを意識したとのことですが、AIの発展はそうした先人の創作物からの影響もあると思います。

吉浦:はい。『アイの歌声を聴かせて』では、創作物は現実に力を及ぼすということを描きたくてあのプロットを作ったんです。面白いなと思うのは、今議論されている様々なことって、昔アシモフがすでに小説内で書いていることだったりするんです。

――フィクションが現実に与えた影響の大きさを実感しますね。

吉浦:「人間が頭で考えることは、すべて実現可能である」という言葉があるじゃないですか。ぼくはこの言葉が大好きで、だから、昔書かれた創作物が未来を先取りしているのは当然なんじゃないかなと思ったりもします。

――吉浦監督が、AIと人の共存を描くのは、今後のAI社会にポジティブな影響があるといいなという思いもあるんでしょうか?

吉浦:そうですね。全体的には脅威論の方が多いじゃないですか。だから、自分のような作品があってもいいじゃないかと常に思っています。しかし正直、ここ1〜2年で大きく状況が変化して、中国のゲーム会社が一部のイラストレーターを解雇して、生成AIで出力されたイラストの修正を行わせるようになった、というニュースもありましたよね。だから、僕も『アイの歌声を聴かせて』を作っていた頃とはだいぶ考えが変わってきているんです。でも、創作の在り方もどんどん変化して、AIに特化した絵描きやプロンプトに精通した人がアーティストとして活躍する可能性もあるでしょうし、技術の進化を止めることは難しいでしょうから、上手く折り合いをつけていくのが健全なんだと思います。実際、僕もアニメ監督として絵を描きますが、3DCGも駆使していますから、腕一本で絵を描かれている方から見ればどうなのかと思われているのかもしれない。でも、自分はそのテクノロジーを駆使して初めて絵を描けるようになった人間なので、AIを使う人達との共通点はあるのかもしれません。

――CGも登場した当初はいろいろな意見がありましたが、今ではアニメ制作に欠かせないツールになっていますよね。AIも同じようになる可能性もありますね。

吉浦:気持ちとしては僕も作り手側なので、簡単に「そうですね」と言いたくないのですが(笑)、AIを題材にした作品も好んで作っているので、一筋縄ではいかない気分です。

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