『らんまん』なぜ史実とは異なる選択に? 万太郎が挑む“戦わない”という人類最大の難題
ようやく世界に出た万太郎が見た、世界と日本の関係は、徳永たちの見てきたものとは逆の、日本人が台湾の人たちを差別し、彼らの言葉を奪っている姿であった。そこで彼は、「人間の欲望が大きゅうなりすぎて、ささいなもんらが踏みにじられていく。ほんじゃき、わしは守りたい。植物学者として後の世まで守りたい」「わしはどこまでも地べたを行きますき」「人間の欲望に踏みにじられる前に、すべての植物の名前を明らかにして、そして図鑑に永久に刻む」と決意する。
第98話で、佑一郎と万太郎が縁側に座り人種差別について語り合ったとき、佑一郎は人種の違う者たちが集まった地球の象徴のようにも見える色とりどりの紙風船を持って話していた。佑一郎の話に共感しながらも万太郎はその紙風船を素っ気なく部屋のなかにはたき入れてしまった。いま思えば、あの場面は、万太郎はまだ世界の差別を頭では理解できても、実感できず、いったん保留にしていたとも見ることができる。佑一郎は武家の家から没落して身分制度の虚しさを知っている。一方、万太郎は学歴差別は受けているが、自分で好んで選んだ道である。それがここへ来て、ようやく世界に出て、好むと好まざるにかかわらない差別を目の当たりにし、改めて、自分が植物ひとつひとつに名前をつけて記録して永遠に残すことにこだわる理由を見出したのだろう。
万太郎は、自分が差別されても、見返してやるとは思わない性分であろうが、たいていの場合、自分の置かれた側の視点でものを見る。佑一郎や万太郎は自分たちが優遇されているから気持ちにゆとりがあって客観的になれた(佑一郎は英語が話せたから良かったのと、アメリカでは黒人差別のほうが断然強烈だからであろう)が、徳永たちは自分たちが差別され苦しんだ当事者らしく(具体的には描かれていないのでどれほどのものかはわからないが)、日本を強くして世界の覇者になりたい気持ちになることを責めることも難しい。
やられたらやり返せ的なことになると諍いは止まらない。どんな状況でも、自分の指針を持って、物事を判断し、行動する、それが『らんまん』では問われている。万太郎は戦いの土俵に上がらず、植物に名前をつけることで、自分なりの戦いを行うことにするのだ。これは、第78話で万太郎が、大学で取り残されている藤丸(前原瑞樹)を励ますために言った「同じ人はひとりとしておらん」「徹底的に誰もおらんところを探したらええ。競い合いは生まれんき」「弱さもよう知ったら強みになる」につながる行動である。
競い合わない。戦わない。万太郎のモデルの牧野富太郎は台湾にピストルを持っていったそうだが、万太郎が持っていかなかった理由は、戦わず、相手の存在を損なわないという意思の現れであろう。競い合わない、戦わない。これを突き詰めると、山にひとりこもって仙人になるしかなくなる。が、万太郎は、社会生活を送りながら決して争わない、人類最大の難題に挑むのだ。
■放送情報
NHK連続テレビ小説『らんまん』【全130回(全26週)】
総合:午前8:00~8:15、(再放送)12:45~13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30~7:45、(再放送)11:00 ~11:15
出演:神木隆之介、浜辺美波、志尊淳、佐久間由衣ほか
作:長田育恵
語り:宮﨑あおい
音楽:阿部海太郎
主題歌:あいみょん
制作統括:松川博敬
プロデューサー:板垣麻衣子、浅沼利信、藤原敬久
演出:渡邊良雄、津田温子、深川貴志ほか
写真提供=NHK