SF風陰謀コメディ 『ゼイ・クローン・タイローン』が描く、アメリカにおける現実的な脅威
同時に、このような不信感は、いまも現実のものとなっているのではないかという危惧が、本作の「ミッドクレジット」部分でさらに暗示されている。この物語で描かれていたことは、架空の街を舞台にしたSF映画にとどまらず、実在の都市に住む、ごくありふれた人物にも影響することがあり得る話なのだということを、まるで強調するような不気味な演出である。同時にここで、本作のタイトルの意味も明らかになる。
それでは一体何が、いまそこにある現実的な脅威だというのか。それは現在の社会が、少なくともアメリカにおいては、権力や富を独占している白人たちの地位や財産を守るために設計されていて、その他の者たちは、そんなシステムを知らず知らずに構成するパーツになっているということだ。基本的にアフリカ系を含めた有色人種や社会的なマイノリティは、そのシステムのなかでコントロールされることで立場を与えられ、生かさず殺さずの状態で管理されているのではないか。そんな世界観が、劇中の街に象徴されているのだ。
本作で想起せざるを得なかったのは、アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞にノミネートされたことでも話題となった『13th 憲法修正第13条』(2016年)だ。そこで提示されていたのは、憲法修正第13条によって奴隷が解放されてから現在までに、アメリカ社会にはアフリカ系の市民を搾取する実質的な奴隷制のシステムが、より巧妙なかたちで隠されながら継続してきたのではないかという疑惑だった。そんなバカな、と思った人は、ぜひこの作品も併せて鑑賞してほしい。
自分の生まれた貧しい地域から抜け出せず、麻薬の密売やポン引き、売春といった、違法となっている仕事をしている3人の登場人物もまた、自分が本当にやりたい、憧れるような仕事を選べずに、与えられた環境やシステムのなかでリスクを引き受けさせられた結果としての姿として表現されている。“成功するかどうかは、その人の努力次第”と考える人もいるだろうが、経済的に高度な教育を受けることが難しく、弱者を救済する枠がごく限られた社会状況では、多くの困窮者の選択肢はどうしても限られてしまう。
劇中で、管理側の人間がスリックの能力を侮る発言をしたとき、いつもは彼に憎まれ口を叩いているヨーヨーが、「彼は“スリック”(賢い)よ!」と、心外そうに反発するセリフが印象的なのは、それがスリック個人の問題に限らないからだろう。いまは違法な仕事に従事している自分たちだが、重要な仕事を任せられる機会があれば、そしてもっとやりたいことがやれる余裕があれば、社会の重要なポストに座っている人々と同等か、それ以上の能力があるはずなんだという、心からの激しい主張が、その裏に感じられるのである。そしてそれは、アフリカ系の困窮している市民の声を代表したものなのではないか。
現在までに続いてきた、権力者の貴族的な生活を可能にする格差社会を維持するためには、ピラミッドの底辺に位置するような労働者が大量に必要となる。そして、そのなかには犯罪や違法なビジネスに手を染めてしまう人々も必然的に生まれてしまうことになるだろう。それらの役割を、自分たちは自分の意志で選び取っているのではなく、半ば強制的に選び取らされてしまっているのではないか?……本作はクローンという題材を描くことで、そのような欺瞞に満ちていると考えられる社会そのものに中指を突きつけようとする作品なのである。
だが、もしそんな欺瞞に気づいたとしても、システムが覆し難いものであることも確かだ。主人公フォンテーンは、自分に自由な意志が無い生活に絶望し、すっかり気力を失ってしまう。この境地もまた、多くの人々が味わうものなのではないだろうか。この絶望を覆す方法として、本作が提示しているのは、市民同士の連帯である。
ジョン・シングルトン監督による、アフリカ系アメリカ人の社会を描いたエポックな作品『ボーイズ'ン・ザ・フッド』(1991年)で強調されていたのは、同じアフリカ系同士が、困窮した環境のなかで殺し合ったり傷つけ合うような問題だった。同じ境遇にある人々同士でお互いを分断するのでなく、ともに手を結んで、社会を変えることを考えようというのが、そこで強調されていたメッセージだ。本作『ゼイ・クローン・タイローン ~俺たちクローン?〜』は、その考え方に立ち戻り、もう一度結束を呼びかけ、助け合うことの重要性を説く内容に落ち着いたといえる。
また本作のタイトルは、ネオ・ソウルのミュージシャン、エリカ・バドゥの曲「Tyrone」から取っていることを明らかにしている。この歌詞における「タイローン」とは、ここでは典型的なアフリカ系アメリカ人を指す名詞として使われていて、これが本作の「クローン」にもかかっている。テイラー監督は、エリカ・バドゥに依頼して、本作の内容に合わせた歌詞で「Tyrone」を歌ってもらうことに成功している。替え歌ともいえる「Who Cloned Tyrone」は、本作のエンドクレジットで流れるので、こちらにも耳を傾けてみてほしい。
■配信情報
『ゼイ・クローン・タイローン ~俺たちクローン?〜』
Netflixにて配信中