『こっち向いてよ向井くん』で考える“人生の選択肢” シンデレラではいられない時代に

 2017年、結婚情報誌『ゼクシィ』のTVCMで使われたキャッチフレーズが大きな話題となった。

「結婚しなくても幸せになれるこの時代に、私は、あなたと結婚したいのです」

 恋愛結婚がお見合い結婚の割合を上回り、主流となったのは約50年前のこと。皆婚時代は終焉を迎え、結婚するかしないかの判断は一人ひとりに託された。……はずだったが、“結婚=幸せ”という価値観は根強く残り、世間が結婚しない人に向ける目はずっと冷たかった。そんな中、婚姻率が低下すれば商売あがったりなはずの企業が「結婚しなくても幸せになれる時代」と言い切ったのは、ある種の事件と言えるだろう。衝撃を受けたのと同時に、結婚する人も、しない人も否定しないその言葉に救われた人は多かったはずだ。

 あれから6年の間に、結婚に対する世間の価値観も少しずつ変わってきたように思う。結婚や出産、もっといえば恋愛だけが人生の全てじゃない。配偶者がいなくとも、子供がいなくとも、パートナーがいなくとも、人は幸せになれる。そう多くの人が確信を持って言えるようになった。赤楚衛二主演の水曜ドラマ『こっち向いてよ向井くん』(日本テレビ系)は、そんな新時代に生まれるべくして生まれた恋愛ドラマだ。

 本作は、『FEEL YOUNG』(祥伝社)にて連載中の、ねむようこの同名漫画を実写ドラマ化したもの。恋愛の仕方を忘れてしまった系男子・向井くん(赤楚衛二)の迷走を描いている。以前から原作を読んでいた筆者は、このドラマが始まったらきっとSNSが盛り上がるだろうと予想していた。それは、この主人公の向井くんが身近にいそうで、つい語りたくなるキャラクターだからだ。

 向井くんは雰囲気も性格も良く、仕事もできる……という設定。それだけ聞くと、普通に女性からモテてもおかしくないのに、なぜか10年も彼女がいない。その時点ではリアリティに欠けるが、物語を追っていくと向井くんに彼女ができないという事実に納得できてしまう。それも女性に対しての態度がすごく横暴であるとか、極端に理想が高いとか、食べ方が異様に汚いとか、そういう分かりやすい理由があるわけじゃない。「悪い人じゃないし、むしろ良い人なんだけど、なんか……ねぇ?」と思わせる男性なのだ。

 33歳という年齢も絶妙だ。10年前というと23歳。ちょうど大学を卒業したあたりから、恋愛から遠ざかっていったことになる。それは、女性側が社会人になり、自分のライフステージを考えた時に向井くんとは将来が見えないと思われてしまうからではないだろうか。

 その最たるポイントが、向井くんの主体性のなさにある。向井くんは良くも悪くもイマドキだ。みんながみんな、結婚すべきとは多分思っていない。だけど、自分はいずれ誰かと付き合って結婚し、子供を持つと信じている節がある。重要なのはそこに明確な意思がなく、具体的な行動も起こしていないということ。向井くんは女の子を守れる王子様になりたいと思っているが、実際のところ、彼はいつか王子様が現れると信じてただ待っているシンデレラなのである。

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