立川シネマシティ・遠山武志の“娯楽の設計”第46回
『君たちはどう生きるか』を機に考える、映画における“無宣伝”という永遠の夢
東京は立川にある独立系シネコン、【極上爆音上映】等で知られる“シネマシティ”の企画担当遠山がシネコンの仕事を紹介したり、映画館の未来を提案するこのコラム、第46回は“無宣伝という永遠の夢”というテーマで。
心を動かされる、そのことの源泉のひとつは「驚き」にあります。
信じられない高所からの落下。
これまでに見たことがないような美貌。
考えもつかない手法の犯罪。
想像の何倍もの優しさ。
あまりにも唐突な喪失。
人は驚きにより心の扉が開かれ、そこにスリルや感心や悲しみや笑いが入り込みます。そして息を飲み、あるいは悲鳴をあげ、あるいは涙が頬を伝います。あまねく「作り手」は、この「驚き」を創り出すために全力を尽くすわけです。誰かの真似やありふれたものでは「驚き」を生み出すことはできません。
話は一変しますが、宮﨑駿監督最新作『君たちはどう生きるか』のまったく宣伝を行わないという異例の手法が話題になっています。
事前に内容を出さないというのでしたら、直近なら『シン・エヴァンゲリオン劇場版』だってそうでしたし、『THE FIRST SLAM DUNK』もそうでした。そうした作品は多くの例を挙げられます。
しかし今作が異例なのは、内容だけでなく、公開の宣伝すら行わなかったことです。公式サイトもなく、予告編もなく、チラシすらなく、もちろん大型スタンディとかバナーもなく、TVやネットでのCMもなく、あるのは内容を推察することすら難しい、青い鳥人間(?)のラフ画ポスター1枚です。
興業会社やマスコミ向けの試写も一度も行われることもなく、本当かどうか配給会社の方すら公開日まで観ていなかったという噂も。つまり、映画館スタッフとしても、一般のお客様とまったく同じ状況でして、直前まで「あ、来週公開だっけ、そういえば」という感じでした。全世界が待望する偉大なる宮﨑駿監督の新作にもかかわらずです。
その年の最大の話題作という規模の映画で、ここまで何もしなかったことは前代未聞です。内容を伏せるというだけではなく、いわば公開すら伏せた、といっても過言ではないくらいに。
この状況を見て『山月記』で知られる中島敦の『名人伝』という短編小説を思い出しました。技を極めに極めつくした中国の弓の達人が、老いてのちに知人の家に招かれたとき「この道具はどういうものですじゃ?」とその知人に尋ねたのですが、それが弓矢だったという話。
まさに鈴木敏夫プロデューサーは、角川映画の編み出したメディアミックスをさらに拡大し、タイアップに次ぐタイアップの大宣伝の手法を生み出してジブリを「国民的/世界的」に育て上げた後に、ついには「宣伝……それなんだっけ?」という境地に達したのだろうか……と。
この手法の成否を論じることは、少なくとも数カ月先の結果を見てからでしょうし、成否を判断するためには何かしらと比較する必要があると思いますが、比較しようにもブランド力や宮﨑監督の引退撤回作などの文脈も鑑みれば、類似の他例がなく、本質的には意味を持たないはずです。
むしろこの「無宣伝」は「宣伝手法」という括りではなく、一種の「表現手法」のひとつのようなものとして考えたほうが面白いと僕は捉えています。
別に今に始まったことではなく昭和の頃からですが、特にアクション映画系なんかが露骨に、その作品の一番おいしい場面を予告編に入れ込んでしまいます。ジャッキー・チェンの命がけアクション系作品なんかがそうでした。『ポリス・ストーリー/香港国際警察』とか。このDNAを継いでいるのが『ミッション:インポッシブル』シリーズの予告編ですね。
ただこれを観てしまうと、肝心の本編の観賞が「確認作業」になってしまいます。予告で観たあれはいつ来るのか……あ、来た、おお。みたいな。ここには真の驚きはありません。
このコラムを読んでいただいている映画ファンの方なら、友達やなんかに「ちょっとこれ、あらすじとか読まずに、事前情報なしで観て」とBlu-rayなんかを渡した経験が一度や二度あるのではないでしょうか? それは自分が真の驚きを味わったか、あるいは予告編などのために味わえなかったからでしょう。
観客である僕らですらそう思うのですから、人生を懸けて作っている側の方からしたらどうでしょう。この思い、数十倍も強いに違いありません。しかし、「映画」はあらゆる芸術や創作物の中でも、もっともお金がかかり、もっとも多人数によって作るジャンルです。
かけた資金を回収するためには、かなりの大人数に観てもらわなければなりません。あの手この手を尽くしてまずは知ってもらい、そして観たいと思ってもらわなければなりません。数え切れない作品があり、それぞれに必死になっているのに、なにもせずに観てもらえることを期待できるはずもありません。本当は真っ白な状態で観てもらいたいけれど、とにかく「ウリ」をアピールするしかない。3回泣けます、とんでもない化物があのビル壊します、ラスト10分にあっと驚くドンデン返しがあります。……ああ。
ですが『君たちはどう生きるか』はこれまでに積み上げてきた実績を利用して、このジレンマの克服をやってのけたというわけです。このことを単に「宣伝手法」で片付けてしまうのは惜しい。これは「作り手」たちにとっての永遠の夢のひとつだからです。
僕もまた、この夢を追ったことがあります。それは『ブリグズビー・ベア』の遅れての公開を承ったときでした。この作品、これこそ「一切の事前情報なしで観てほしい映画」歴代BEST10に入るレベルのもの。どんな映画かは言いません(笑)。なるべく情報を遮断してとにかく観てください。
この作品のことを大変気に入った僕は、たくさんの方に観てもらいたいと思いながらも、できる限り事前情報を渡すことなくそうする方法が何かないかと思案し、ひとつのアイデアを思いつきました。それは「スニークプレビュー」です。