『忌怪島/きかいじま』に感じた新たなホラーの可能性 恐怖要素“リミナルスペース”の機能

『忌怪島/きかいじま』新たなホラーの可能性

 つまり本作は、「Jホラー」の一つのテーマであるテクノロジーの問題に、清水崇監督がいま本格的に取り組み、バーチャル技術という、さらに高度な領域に進んだ段階での恐怖を描いているということになる。その意味で本作は、日本のホラー映画の総体として、一時爆発的な影響力を獲得しつつも、近年は停滞していたと感じられる「Jホラー」という概念に、再び潤滑油が注がれて駆動している感覚を覚えるのである。

忌怪島/きかいじま

 その際に本作で機能させている、新しい恐怖要素の一つは、最近流行している、「リミナルスペース」という概念だ。ホテルの廊下や屋内駐車場、美術館のロビーや無人駅のホームなど、それら空間に自分以外誰も存在しない場合に、不安感や郷愁、もしくは奇妙な安心感を覚えるといった不思議な感覚のことである。SNSなどでは、そんな印象を与えるような写真が数多く投稿されている。

 「リミナルスペース」の流行の発端は、「Backrooms」という都市伝説にあるという。そんな題材を、カリフォルニア州の当時16歳の少年ケイン・パーソンズが短い映像作品にした「The Backrooms」は、新しいホラー表現として話題を呼んだ。そして、異例ながら彼を監督に起用した、同じ題材の長編映画がアメリカで製作されることになったという。

 本作『忌怪島/きかいじま』で描かれるのも、このような奇妙な感覚だ。バーチャル空間の中に再現された夜のビーチや、誰も姿を見せない現実の住宅地の路地に、主人公の友彦たちが迷い込む。そんな構図は、現実とバーチャル空間が近しいものであり、「リミナルスペース」的感覚で繋げることができるという気づきを、われわれ観客に与えてくれる。

忌怪島/きかいじま

 「Jホラー」は海外の要素をリンクすることにより、まだまだ進化できるということなのかもしれない。とはいえ、「リミナルスペース」の概念は日本にもすでに存在していたというのも事実だ。『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』を手がけた押井守監督が、『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』(1984年)で描いたのは、町全体から住人が消えた不思議な光景であり、そこで覚える奇妙な感覚について登場人物が語る場面もある。

 また、『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』における、誰もいない夜の住宅地を車で彷徨うという描写は、さらにオムニバス映画『世にも怪奇な物語』(1968年)における、フェデリコ・フェリーニ監督による一編『悪魔の首飾り』が先行している。ここでも発揮される「リミナルスペース」的感覚というのは、文化の差異を超えた普遍的なものなのだと考えられる。

 この感覚が、1993年に発表された、無人の3D空間を利用したアドベンチャーゲーム『MYST』でもプレイヤーが味わえ、仮想世界に“ゴースト”が現れる現象を題材にした映画『アヴァロン』(2001年)が、より自覚的に描いたように、リアルな表現と非現実な表現を同時に達成できるバーチャル空間こそが、この不気味な印象を、さらに深く味わうことができる場所になり得るのではないだろうか。

忌怪島/きかいじま

 本作では、この奇妙な感覚の世界と現実の世界が、幽霊「イマジョ」によって連結される。そのように仮想的な存在が現実にも存在させるように見せるデジタル技術といえば、「AR(拡張現実)」がある。これを利用すれば、デジタルデバイスを介することで、現実にあり得ないものがそこに在るかのように知覚することができる。例えば、誰もが携帯アプリを使って自分の部屋に幽霊を呼び出すかのような操作が可能になっているのだ。本作の「イマジョ」の出現シーンは、まさにそんな一場面を切り取った趣がある。

 『呪怨』シリーズなどで発揮された、清水崇監督の得意な恐怖演出は、時間や空間が持ち合わせている秩序が無効化され、怨念がそれらをスキップさせたりループさせたりするといったものだ。そこに反映されているのは、どちらかといえば直感的な恐怖であり、おそらくは系統立った理論から外れているからこそ、ミステリアスな気味の悪さが際立っていたように感じられる。だが今回は、そこにデジタルという要素をはさみ込むことによって、作家・鈴木光司が『リング』などの小説で深めていた心霊を科学的に捉えてみようという考察に参加している印象があるのである。

忌怪島/きかいじま

 この方向性は、より直感的にギョッとさせるようなタイプの作品を多く手がけてきた清水監督にとっては、一種のチャレンジであり、そのことが「Jホラー」同士の作品間が連結されたようにも感じられるのだ。そういう意味で本作は、感慨深い一作となったといえるのではないだろうか。

 こういった、ヴァーチャル空間が生み出す「オープンワールド」や、拡張現実のような新しい分野が生み出す世界が、楽しみや希望を与えるとともに、恐怖や不安の領域を拡大するというのは、ホラー映画界、そしてゲームなど他分野のホラー表現にとっては歓迎すべきことだろう。『忌怪島/きかいじま』は、日本のホラー界の代表的存在である清水崇監督が、そこに本格的に取り組んだという点で、意義深い一作になったといえるのだ。

■公開情報
『忌怪島/きかいじま』
全国公開中
出演:西畑大吾(なにわ男子)、生駒里奈、平岡祐太、水石亜飛夢、川添野愛、大場泰正、祷キララ、吉田妙子、大谷凜香、笹野高史、當真あみ、なだぎ武、伊藤歩、山本美月
監督:清水崇
脚本:いながききよたか、清水崇
音楽:山下康介
配給:東映
©2023「忌怪島/きかいじま」製作委員会
公式サイト:https://kikaijima-movie2023.jp/
公式Twitter:@Kikaijima2023

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