綾野の演技に涙したのは初めてではない。『ヤクザと家族 The Family』ではセリフを乗せる声色の一つひとつに、シワのように深く刻まれた表情の一つひとつに泣かされたものだ。その一瞬一瞬には確実に、一人の人間の生きざまが刻まれていた。では同じく藤井道人監督作である『最後まで行く』はどうなのか。本作で綾野が演じる矢崎は、クライマックスに向けてクレッシェンド的に本性を露見させていく。むろん演じているのはその全身であるが、とりわけ表情はどこを切り取っても素晴らしい。たびたび繰り返される頬の引きつりは、キャラクターの内面と外面にズレが生じているのを端的に示している。特に後半のあるシーンには、他者から与えられた苦痛によって歪む表情をどうにか笑みで維持しようとするさまが収められている。実際の撮影現場では、（おそらく）身体的な苦痛を本当に味わっていたわけではないだろう。そう考えると、これはある種の一人芝居というわけだ。一つの顔の上に、苦しみと喜びを同居させるーーもはやこの芸当は、ほとんどアート・パフォーマンスの域である。

　スクリーン上に“綾野剛＝矢崎”の表情がクローズアップで映し出されるたびに大きな感動が押し寄せ、私は泣いてしまった。これが大きなスクリーンを有する映画館でしか出会うことのできない「映画俳優」というものの実態であり、「性格俳優」にして「主演俳優」の力なのだ。思い出しただけでアツいものが込み上げてくる。

■公開情報
『最後まで行く』
全国公開中
出演：岡田准一、綾野剛、広末涼子、磯村勇斗、駿河太郎、山中崇、黒羽麻璃央、駒木根隆介、山田真歩、清水くるみ、杉本哲太、柄本明
監督：藤井道人
脚本：平田研也、藤井道人
製作幹事：日活・WOWOW　
制作プロダクション：ROBOT
配給：東宝
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