『【推しの子】』の“愛と嘘”に狂わずにいられない アニメ化でさらに引き出された光と闇
一度でも本気で「アイドル」という存在を推したことのある人はわかるだろう。ステージに立った時に彼らが放つ、目線も心もすべて奪われるような輝きの強さが。そして、一度でも本気でアイドルを推したことがあるならば、アイドルが抱える矛盾と闇の深さも、きっと同じように感じたことがあるはずだ。「推しアイドルの子どもに転生する」という強烈なフックを利かせながら、アイドル、ひいては芸能界の光と闇に迫るアイドルマンガ『【推しの子】』。その待望のアニメが、4月から放送開始されている。
アニメ第1話は、原作コミックス第1巻の内容をまるまる盛り込んだ大ボリュームの82分。ここで描かれるのは、B小町というアイドルグループのセンター・アイの人生と、転生してアイの子として生まれた双子・アクアとルビーの幼少期であり、『【推しの子】』の物語のプロローグにあたる部分だ。極秘裏に妊娠、出産し、そこから一気にアイドルとしてのスターダムを駆け上がっていくアイ。だが、待望のドーム公演を控えるアイのもとを訪れたのは、アイの出産の事実を知ったファン。怒り狂ったファンのナイフに刺され、アイは死を迎えることになる。幸福の絶頂からの悲劇的なラスト。この第1話だけで、上質な映画を観劇したあとのような充足感がもたらされる(実際に放送に先駆けて映画館で先行上映されていた)。
アニメ版の出来のよさとしてまず触れたいのはライブシーンの演出だ。アイドルというものはしばしば星に例えられる。まぶしいスポットライトや大きなステージ、華やかな衣装などの演出が魅力を後押しするのはもちろんだが、トップアイドルと呼ばれる人間はしばしば、理屈では説明できない、うちからほとばしるようなパワーを放って観る者を圧倒する。その瞬間が、アニメーションの中で完璧に表現されているのだ。
それは例えば、歌番組の収録シーン。無名のアイドルとして冷笑的にB小町を見る番組スタッフたちの前で、初めて生パフォーマンスを披露するアイ。音楽が流れ出すとともに、星を宿したアイの瞳から光と色が奔流となってあふれ出し、画面いっぱいに覆いつくしてゆく。顔の傾け方、ウインクのタイミング、スカートのひらめき、逆光がつくる陰影、ステップで跳ねる髪。意図した動きもそうでないものもすべてを味方につけてこちらを射抜く、恒星のように自ら光を放つアイの姿に、さっきまで彼女を見下していたスタッフたちは固まり、ただ目を奪われる。このシーンで、視聴者は否応なしに「アイドルに堕ちる」その瞬間を疑似体験させられることになる。
ここでアイのパフォーマンスを画面越しに見ながら、アクアが感慨深くつぶやく「狂わずにいられないんだ。余りに強い光の前で、人はただ焦がされる」という言葉が、漫画版よりさらに強い実感を持って迫ってくるのだ。
だが、光が強いほど闇が強くなるという言葉の通り、アイが世間に注目され、成功の道を進んでいくほど、その後に訪れる出来事の悲劇性が増す。第1話のラスト、アイのもとにストーカー男が訪れてからのクライマックスシーンもまた圧巻だ。
バックで流れる穏やかなピアノの旋律とは裏腹に、アイの腹部を貫いたナイフから滴る血は赤黒く生々しい。「嘘吐きが!」とアイをなじるファンのヒステリックな叫びと、弱々しくも優しい声でファンやアクア、ルビーに語りかけるアイ。トレードマークである星のような瞳の光が失われ、アイは静かに絶命していく。宇宙を宿したような瞳の輝きがいきいきと特徴的だったからこそ、光をなくしたアイの姿にはぞっとさせられるはず。映像の美しさと起きている出来事の残酷さに、気づけは息を詰めて観入る5分間だ。