『名探偵コナン 黒鉄の魚影』は零れ落としのないシリーズ最高傑作に 鍵は立川譲の作家性

『黒鉄の魚影』傑作の鍵は立川譲監督の作家性

 2週連続で全国映画動員ランキングNo.1を記録した『名探偵コナン 黒鉄の魚影』。シリーズ歴代No.1ヒットはもちろん、日本映画歴代興収ランキングトップ10も射程圏内に収める勢いで数字を伸ばしている。原作コミックの連載開始から29年が経過し、劇場版シリーズも26作目の『名探偵コナン』。長寿アニメシリーズとしてこのタイミングでの特大ヒットは異例中の異例、前代未聞と言ってもいいだろう。

 『名探偵コナン』原作の連載開始と共に生まれ、物心ついたときにはコナンの原作コミックが傍にあり、28年間コナンと共に育ってきた筆者も、既に2回“潜水”(本作を鑑賞した、の意)してしまった。それほどまでに本作は、中身も異例ずくめの作品であったように思う。本作のどの部分が画期的だったのか、コナン歴20年以上の筆者がしっかりと作品の内容に触れながら、本作を解き明かしていきたいと思う。

※本稿は『名探偵コナン 黒鉄の魚影』のネタバレを含みます

 本作『黒鉄の魚影』は、これまで劇場版はもちろん、アニメ本編を含めた『コナン』シリーズでも禁じ手とされてきたことに果敢に挑んでいる作品と言える。例えば本作のメインキャラクターである灰原哀について。本作は灰原哀の正体が宮野志保=シェリーだと黒ずくめの組織に露見してしまう展開が物語の軸となる。灰原の正体が組織のメンバーにバレてしまう展開はアニメ本編でも描かれてきたが、それらは極めて限定的なエピソードで、かつベルモットやピスコといったメンバーに限られていた。しかし本作では組織の多数のメンバーにその正体が明らかになってしまい、また灰原自身が組織の所有する潜水艦に拉致されてしまう。これまでの『名探偵コナン』シリーズを考えれば、これはほとんど異常事態にして史上最大の危機と言っていいストーリーだ。

 元組織のメンバーであり、コナンが幼児化する原因となった薬品「APTX4869」の開発者である灰原の存在は、言わば『名探偵コナン』シリーズにおける根幹。そんな灰原の身が全編通して危ぶまれる本作のストーリーは、他の劇場版シリーズやアニメ本編でも類を見ないほどにヒリヒリとした緊張感で満ちている。

 そして本作終盤ではまさかのコナンと灰原による水中でのキスシーンが描かれる。これは劇場版第2作『名探偵コナン 14番目の標的』において蘭がコナンを助けたシーンのオマージュであり、一種の再演と言えるのだが、やはり重要なのはこの2人がキスをし、灰原自身がキスをしたと認識しているという部分だ。これまで灰原のコナンに対する恋心は、ストーリーの中で匂わされる程度で、明確に表現されたことはなかった。灰原のコナンに対する恋心は、シリーズにおける一種の聖域。本作はその聖域に遂に足を踏み入れたのだ。一方のコナンはキスをしたという認識をしておらず、この灰原からコナンに対する一方通行の想いもあまりにせつない。もうアニメ本編でも観ることが叶わないかもしれない2人のキスシーンを目に焼き付けておくために、繰り返し足を運ぶファンも多いのではないか。

 今回の『黒鉄の魚影』ではストーリーを通して組織のメンバーの各々の立場や事情を垣間見ることができる。特にノックとして組織に潜入しているキールの活躍に驚いたファンも多かっただろう。「パシフィック・ブイ」のエンジニアである直美が父親を殺害されるシーンでは、同じく組織へ関与したばかりに父を失ったキールの葛藤、そして覚悟に胸を掴まれる。今後のアニメ本編でのキールの活躍にも期待したくなる活躍ぶりだった。

 また、ベルモットの暗躍も本作の見どころと言えるだろう。アニメ本編では2度に渡り灰原=シェリーを始末しようとしていたベルモット。何故本作では灰原を庇うような動きを見せたのだろうか。エンドロール後に描かれる空港における展開を一見すると、ベルモットはブローチを灰原に譲ってもらったから彼女の身を守ったのだ、とも考えられるが、これまでアニメ本筋で描かれてきた灰原を徹底的に始末しようとするベルモットの動きと照らし合わすと少し不自然さを覚える。これは灰原が生きた状態で組織に戻ると、ベルモットの立場が危うくなるという伏線ではないだろうか。アニメ本編でもベルモットの本意は未だに掴めない。本作はアニメ本編で今後展開されるストーリーにおいても非常に重要な意味合いを持つ作品であったのかもしれない。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「作品評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる