『AIR/エア』はアメリカ版『半沢直樹』? ベン・アフレック×マット・デイモンによる応援歌

 90年代中盤。日本でスニーカーブームが巻き起こった。当時、北九州に住んでいた私ですら、同級生らが急に「エアジョーダンが~」「赤と黒、湘北の色だ」などとスニーカーについて語り出し、遂には人気のスニーカー「エアマックス」を履いている人間を襲い、暴行を加えて靴を強奪する“エアマックス狩り”が社会問題となった。靴を履いているだけで襲われる、時はまさに世紀末だと恐怖したものである。平成暴力レトロの思い出だ。

 『AIR/エア』(2023年)は、そんな大熱狂の“発火点”を描いた作品であり、どこに出しても恥ずかしくない“プロジェクトX”映画の快作だ。

 1982年、スポーツ用品メーカーのナイキは、ランニングシューズで成功を収めていたものの、バスケシューズ部門で苦戦を強いられていた。当時のバスケ用品市場にはコンバースとアディダスの二大巨頭が君臨し、ナイキはバスケのプロ選手からも「ナイキはなぁ……」「正直ダサいからなぁ」と微妙な顔をされる始末。そんな湯川専務的な現状を打開すべく、一人の男が立ち上がる。NIKEバスケ部門のソニー(マット・デイモン)は、アメリカ中の若い選手たちをチェックして回り、未来のスターを探していた。靴はただの靴だ。しかしこれをスターが履けば、その靴は特別なものになるはずだ。そう信じる彼は特別なプレイヤーを探し続け、やがて1人の若者に注目する。それこそが後に伝説となるマイケル・ジョーダンだ。しかし、マイケルの才能はすでに突出したものがあり、ライバル企業も専属契約に動いていた。おまけに当のマイケル本人も「ナイキは嫌だ、ナイキは嫌だ」とスリザリン状態で、契約は絶望的だった。

 しかしソニーは諦めなかった。「ここで退いたらナイキは終わる!」そう腹をくくった彼は、ジョーダンとの専属契約を結ぶために、周囲を巻き込みながら爆走を始める。まずは3人の選手と契約するために用意された25万ドルを、ジョーダン1人に突っ込もうと予算の組み換えを指示。リスキーすぎるとブチギレる周囲を説得し、さらにナイキとは会う気もないというジョーダンとコンタクトを取るため、自ら車をブッ飛ばしてジョーダンの実家へ向かう。そこで彼を待っていたのは、この案件最大のキーパーソンにして、劇中最高のキレ者、ジョーダンの母デロリス・ジョーダン(ヴィオラ・デイヴィス)だった。果たして、この遥か未来を見据えて動くキレキレの母を説得できるのか? 会社内をひっかきまわした代償は? そして突貫で組まれたスケジュールは達成できるのか? 勝てば伝説、負ければ人生終了。これはマイケル・ジョーダンの才能を信じる全ての人々が挑んだ、壮絶なドラマである(流れ出す「地上の星」)。

 まず最初に断っておくと、本作の画はビックリするほど地味である。爆発やカーチェイスなどのアクションシーンはもちろん、バスケットを題材にしているもののド迫力の試合シーンもない。しかし、その代わりに、本作はとにかく喋る。全編に渡って、ほとんど会社のオフィス内で中年男性たちがブチギレて喋りまくる、しゃべくり漫才的な映画だ。しかも、その会話劇としての面白さがしっかりある(事実、劇場では何度も笑い声が起きていた)。日本のドラマで言うと『半沢直樹』(TBS系)に近い。ただし、こちらはアメリカであるから、いつだってユーモアと皮肉、そしてド直球の罵倒が飛び交う。主人公のソニーが電話越しに「てめぇを真っ二つにして、金玉をしゃぶりつくしてやる! この性器ヘルペス野郎!」と罵倒(?)され、対するソニーが「なんで性器ヘルペス? それは君が罹っただけだろ?」と返すところなんて、まさに私がアメリカンしゃべくり漫才に求める全てがあった。

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