正念場のMCU 『アントマン&ワスプ:クアントマニア』MVPはピムとジャネットの老夫婦
絶賛正念場! MCU! というワケで、マーベル映画の最新作『アントマン&ワスプ:クアントマニア』(2023年)である。
蟻ほどの大きさまで小さくなり、見上げるほどの巨人まで大きくなれる、単純明快な能力の持ち主ことアントマンことスコット・ラング(ポール・ラッド)。アベンジャーズの一員でありながら、今日もごくごく平凡な幸せを謳歌していた。自伝も出したし、町の人たちも優しく接してくれる。かつては前科者だったが、今や誰もが認めるヒーローだ。問題らしい問題といえば、愛しい娘のキャシー(キャスリン・ニュートン)が警官とトラブルを起こして留置所に送られるなど、若干の反抗期を迎えていることくらいだった。その日も平和に、初代アントマンだったハンク・ピム(マイケル・ダグラス)、その妻のジャネット(ミシェル・ファイファー)、2人の娘でアントマンの相棒ワスプことホープ(エヴァンジェリン・リリー)とデカいピザを食べていたが……ひょんなことから、みんな揃って原子より小さな量子世界へ飛ばされてしまう。そこには、もう一つの宇宙と呼ぶべき広大な空間と多様な人々、そして驚異の敵・征服者カーン(ジョナサン・メジャース)が待ち構えていた。
MCUは今、明らかに正念場を迎えている。世界中でお祭り騒ぎとなった『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019年)から早4年、マーベル映画は今や一大産業となり、派生作品が次々と作られている。映画同士のつながりは今まで以上に強くなり(別の作品の主役級のヒーローが登場することも珍しくなくなった)、ディズニープラスの配信ドラマでは新キャラが次々と登場し、まさに原作のコミックのような、巨大で複雑な物語を展開しているのだ。これは驚異的な試みであるが、同時に、作品に触れるための敷居がドンドン高くなっているのも事実だ。「過去作を観ていないとワケが分からん」は続編映画の宿命だが、MCU映画は「過去作はもちろん、派生作品まで観ていないと完全には把握できない」の領域に入っている。実際、私が本作を劇場で観たときも、エンドロール後に「あれってどういう意味?」「ディズニープラスのドラマでやってたヤツと関係があって~」と話している2人組がいた。さらにマルチバースという複雑で壮大な題材も、敷居の高さに拍車をかけている。もはや私は昔ほど気軽にMCUに臨めなくなった。そんな「何だか遠い存在になっちまったなァ」という想いは、本作の予告を観たときにも出てきた。アントマンといえば、あの一般人っぽさが良かったのに、普通に宇宙的な空間で壮大なことをしているのだ。おまけにスコットの友人のルイス(マイケル・ペーニャ)も出ないらしい。「アントマンもそっち方面に行くのかぁ」などと少し不安に思いつつ観てみたのだが……これがイイ意味で裏切られた。SFアドベンチャーの快作に仕上がっていたのである。
確かに派生作品を観ていないと分からない箇所はある。異世界の特殊効果も、『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』(2022年)という怪物級の映画があったので、若干チープに感じるときもあった。しかし、平凡だけど正義感の強い中年男性スコットと、愉快な仲間たちのズンドコ異世界冒険譚として、本作は十分に楽しめる内容になっている。言い逃れできないほど『スターウォーズ エピソード4/新たなる希望』(1977年)的なヘンテコとグロテスクとキュートの3点を絶妙なバランスで取っている量子世界の住人たちのデザインなんて、見ているだけで楽しい(マーベルも『スター・ウォーズ』もディズニーなので、言い逃れする必要はないのだが)。そして、ひとり娘のキャシーのために未知の世界で必死に戦うスコットは、過去イチで主人公感があり、熱く、カッコいい。キャシーも守られているばかりではなく、新米ヒーローとして奮闘する姿が何とも魅力的だ。もちろん相棒のワスプことホープもベタだが熱い展開で魅せてくれる。しかし本作のMVPというべきは、ピムとジャネットの老夫婦だろう。