小栗旬が演じた北条義時の名を決して忘れない 『鎌倉殿の13人』義時が最後に信じた“光”
明るく暢気なたたずまいを宿す反面、間違ったことや筋の通らないことには堂々と異を唱え、他者に対して思いやりの心を持つ泰時。愛妻・初(福地桃子)の尻に敷かれながらも褒められると顔を崩して笑顔を見せ、つねに正しい道を歩もうとする泰時の姿は、義時がなりたくてなれなかったもうひとりの自分である。義時にとっての大きな分岐=広常暗殺の日に最愛の人・八重(新垣結衣)が産んだ泰時は、義時のピュアで柔らかい部分を受け継ぎそれを迷わず体現する存在。ふたりの生きざまはまるで合わせ鏡にも見える。
最終回「報いの時」で毒により体の自由が利かなくなった義時は政子に語る。「この世の怒りと呪いすべて抱えて私は地獄へ持っていく。太郎のためです。私の名が汚れる分だけ北条泰時の名が輝く」。なんて哀しい言葉だろう。権力の頂点に昇りつめたこの男は、結局、自分のために、自分の幸せのために生きた時間などほぼなかった。そして、つねに「こうしたい」ではなく「こうせねばならない」と十字架を背負って歴史の闇を歩いてきた。そんな彼の人生の最後の幕を下ろしたのは、他でもない頼朝との婚姻で人の好い明るく素直な弟を修羅の道へと突き落とした姉・政子である。
さまざまな解釈があると思うが、私は政子が床にこぼれた最後の薬を衣の裾で拭き取って義時に舐めさせなかったのは、彼女なりの救いであったと考える。自らの分身でもある泰時の世を明るく照らすため、まだ幼い先帝の命すら取ろうとした義時の苦しみを政子自身が断ち切った。もう、休んでいいのですよ……あとはあなたとそっくりな太郎が、あなたが作りたかった鎌倉の世をつくってくれますよ、と。
しかし『鎌倉殿の13人』の北条義時ほど、物語が進むにつれ目から希望や明るさが失われ、最期は美しさや清々しさとは真逆の姿……まるで生への執着を捨てきれない虫のように死んでいった大河ドラマの主人公がほかにいただろうか。私たちは決して忘れない。伊豆の片田舎で暮らす一豪族の明るく優しい次男坊が、人生の選択の場でつねに暗い道を選ばざるをえなかったことで、のちの世の人々から“上皇を島流しにした大悪人”と呼ばれる哀しい運命を。
義時が“なりたくてなれなかった自分”を重ねたのちの三代執権・北条泰時は武士の掟となる御成敗式目を制定し、彼の世で御家人の粛清が行われることはなかったという。義時は混沌の世の修羅に落ち、虫のように無様に朽ち果てながら最後の希望を次代へと繋いだのだ。
もう一度言おう。北条義時、私たちはその名をもう決して忘れない。
■放送情報
『鎌倉殿の13人』総集編(全4章)
NHK総合にて、12月29日(木)13:05~17:40 放送(中断ニュースあり)
主演:小栗旬
脚本:三谷幸喜
制作統括:清水拓哉、尾崎裕和
演出:吉田照幸、末永創、保坂慶太、安藤大佑
プロデューサー:長谷知記、大越大士、吉岡和彦、川口俊介
写真提供=NHK