チャップリン映画は新たな視野を獲得する冒険! 必見の映画祭上映作品を解説
同時に、チャップリンの作品では、移民や子ども、女性や貧困者など、社会のなかで弱い立場に立たされる人を、より愛情を持って描いている場合が多い。そんな作風と持ち前の完璧主義が、高い次元で結びついたのが、傑作『街の灯』(1931年)である。
チャップリンの自伝によると、『街の灯』で主人公がヒロイン(ヴァージニア・チェリル)に出会うところで、彼女が目が見えないことに気づく、およそ70秒のシーンを、チャップリンは5日間もかけて撮り直し続けたのだという。80作品を超える映画を作り続けたチャップリンだが、『街の灯』の製作には1年以上をかけている。その甲斐あって、この作品はいまも多くの人が「代表作」だと呼ぶほどの仕上がりとなった。
チャップリンのヒューマニズムは、政治的な方向にも発揮された。『モダン・タイムス』(1936年)では、資本主義経済のなかで、企業が労働者を機械の歯車の一部のように酷使する状況を、コメディとして描いた一作となっている。そんなテーマが賞賛を浴びる一方で、常に貧しい者の側に立つチャップリンの姿勢を、「共産主義者」だと批判する者も出てくるようになる。
圧巻なのは、チャップリンが本格的にしゃべり、演説するシーンのある『独裁者』(1940年)だ。名前こそ変えているが、当時軍事力によって世界の覇権を狙っていた、ヒトラーをはじめとするナチスドイツ幹部の面々や、ファシズム体制を敷いていた、イタリアの指導者ムッソリーニなどをモデルに、喜劇のなかで徹底的に笑いものにしているのである。
ヒトラーを基にした独裁者ヒンケルは、権力と甘い妄想に溺れた小心者の男で、ムッソリーニを基にしたナパロニの後をちょこちょことついて回る情けない人物として描かれる。部下から「総統は神として敬われます」とおだてられると、すぐさま調子に乗って文字通り舞い上がったり、独り密かに地球儀と戯れながらダンスを踊るシーンは、非常に辛辣である。
アメリカや、チャップリンの出身国であるイギリスは『独裁者』製作当時、まだナチスドイツへの対応を決めかねていた段階だった。国際的に波風を起こすような内容を上映するのは危険だという理由から、イギリスでは公開が危ぶまれ、アメリカでも検閲の対象になると予告される事態となる。だがチャップリンは、「純血の民族」などという差別的な思想を広めようとするナチスに怒りを強めていて、「ヒトラーはバカにされなければならない」と、自費を投じてまで断固として撮影を続行した。その後、イギリス、アメリカが参戦を決めると、逆に「まだ映画はできないたのか」と、チャップリンに公開を催促してきたのだという。
弱い者をバカにするのがコメディの本質だと言う者もいるが、ここでのチャップリンは、あくまで弱い者を虐げる強者をこそ、笑いのターゲットにしている。この強者と戦おうとする姿勢は、現在のコメディアンの規範であり、理想的な笑いの在り方だといえるだろう。チャップリン自らのメッセージそのものといえるクライマックスの演説も素晴らしく、ここまで人の心を動かす力を持った演説をする政治家が、いま存在するとは到底思えないほどだ。
そんな『独裁者』では、ファシズムと戦うことをうったえたチャップリンだが、続く『殺人狂時代』(1947年)では、さらにヒューマニズムの考え方を更新し、人を殺害する戦争そのものを否定するメッセージを発するに至った。しかし、この思想は当時のアメリカでは受け入れられず、チャップリンは共産主義者だとして事実上の国外追放処分を受けることとなる。ハリウッドが追放したのはチャップリンだけではない。多くの映画人が共産主義者のレッテルを貼られ、職を追われ国外脱出するなど、「赤狩り」の犠牲となった。
イギリスに帰国したチャップリンが、『ニューヨークの王様』(1957年)で、狂ったように共産主義叩きに終始するアメリカの状況を皮肉ってみせたのは痛快だ。これこそ、真のコメディアンの笑いである。そして、ある落ちぶれた芸人の、命をかけた最期の舞台を描き、エンターテイナーとしての生き様を示した、集大成『ライムライト』(1952年)も必見の一作である。
チャップリンの到達した、あらゆる人を平等に扱い、国境の概念を乗り越える「世界市民」的な思想は、当時は進みすぎていて、社会全体においては受け入れ難い部分があったことは確かだろう。そしてそれは、いまだ戦争や紛争、差別や分断が続く現在の世界でもそれほど変わらないといえる。しかし、世界がこのようなさまざまな事柄で危機的状況にあるいま、彼の考え方は、われわれがこれからの世代のために、本来ならすぐにでも実現させなければならないものなのではないのか。
50年以上にもわたる喜劇映画のキャリアのなかで、あまりにも多くのものを後世に残すことになった、チャップリン。彼が生み出した笑いの数々と、芸人としての矜持、そして未来に繋がる思想は、映画というかたちで、われわれ観客の目の前に現れ、何度でも大切な気持ちを呼び起こしてくれる。その愉快さや感動は、より多くの人に伝えなければならない……チャップリンの作品に触れ、笑い、涙を流した観客は皆、そのように思うはずである。
■公開情報
『フォーエバー・チャップリン ~チャールズ・チャップリン映画祭~』
11月3日(木)より、角川シネマ有楽町ほか順次公開
<上映作品>
『キッド』※4K上映
『巴里の女性』
『黄金狂時代』
『サーカス』※4K上映
『街の灯』
『モダン・タイムス』
『独裁者』
『殺人狂時代』
『ライムライト』
『ニューヨークの王様』
【短編】
『チャップリン・レヴュー』
『一日の行楽』 ※『サーカス』と併映
『サニーサイド』 ※『キッド』と併映
『のらくら』 ※『巴里の女性』と併映
『給料日』 ※『黄金狂時代』と併映
配給:KADOKAWA
©Roy Export SAS
公式サイト:https://movies.kadokawa.co.jp/forever_chaplin/
公式Twitter:@chaplin_filmfes